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「それは……でも、謀反を起こそうとしているわけじゃないだろう? 彼も私と同じく【商人】によって契約され、王に仕える身だ」
なぁ、とプロクスは襟巻の中に話しかける。
すると、襟巻がもぞもぞと動いて、真っ白でふわふわの毛玉のような蛾が這い出した。その目は黒々と大きい。そして、星を散りばめたように輝いている。
『お呼びですか、我が王よ』
――プロクス専属の【商人】、白雪。鈴を振るような声で、すらすらと情報を述べる。
『イオダス・サージェス。現ハージェス侯爵家当主。十二歳で神殿兵となり、当時のセヴェル支部神官長の元で頭角を現し、その後【商人連】の騎士として契約。彼の希望でプロクス=ハイキングの弟子となりました。そして最年少で神殿兵をまとめる神鹿軍団長として就任。歴代のプロクスの弟子の中で、最も優秀です』
【商人】とは、元始の人と同じ時代、或いはその遙か昔から存在する者たちだ。だが、魚や布を商う者たちとはまるで違う。
彼らに依頼して、手に入らないものはない。
異相をローブで隠し、あるいは生き物へと擬態している彼らは【商人連】という組織を作り、各国に絶大なる影響力を持つ。そして、白雪はプロクス専属の【商人】だった。
『さらなる情報がほしいのですか、我が王? これは難易度二に当たります』
「いや、いい。私が直接聞こう」
そう、と白雪はごそごそとプロクスの襟巻の中に戻る。
難易度について【商人】が告げるのは、その情報の見返りが必要な時。それは物であったり、行動であったりする。彼らとの取引で、金銭で解決されるものほとんどはなかった。
先程まで白雪が話していた内容は、国に仕える者なら誰でも知っていることだ。
プロクスは生真面目な弟子の顔を思い浮かべる。まだ顔があった頃のものだったが。
プロクスも、イオダスも【商人】と契約している。二人ともそうして王族の元に派遣され、国を守る仕事に従事している。【商人連】はそうして、優秀な人材を派遣する事業も行なっていた。
プロクスは遙か昔に契約を【商人】と交わした。報酬は、騎士王として国に仕える仕事を完遂すると得られることになっている。領主としてこの地を治め、得ている収入とはまた別のものだ。
「あれは職務には堅実な男だ。そしてこの国で最強と言っても差し支えがない。頼りになるし、部下からの忠誠も厚い。謀反の心配などないだろう」
のん気にそう言うプロクスを、タイタニスはほんの少し不安な表情で見る。
神殿だけでなく、今や王城にも多大な影響力を持つ神鹿軍団長イオダス・サージェス。プロクスの弟子であり、【商人連】が認める優秀な人物。
プロクス=ハイキングがいなくなった後、彼こそが次の騎士王だと、騎士たちの間では噂されている。
タイタニスは若い頃の彼を知っており、また慕ってもいたが、あの頃とはわけが違う。彼はよもや人間と言えるのかわからない存在になりはてた。
それに、とタイタニスはルーカスと話し出したプロクスを静かに見つめる。
(師匠たる閣下に対し、イオダスはただならぬ感情を抱いている――)
タイタニスは、手を組んで口元を隠す。思わず歪めた口を。
純真な騎士王は、その優しさと包容力でどんな者も受け入れる。一度でもそのぬくもりに触れれば、氷のように頑なな人間も心を許してしまう。
プロクスを慕う者は多い。騎士王は自らを慕う者を、平等に扱う。平等に心を配る。
だが、それが我慢ならない者もいる。弟子という特別な枠に収まっても、後継となるルーカスが現れた彼は、内心穏やかではないだろう。
(どうか、何も起こらないでくれ)
プロクスの退官まで、後三年。そうすれば、プロクスは王家との契約を終え、海を渡り、【商人連】の騎士ではなくなる。
(――彼女に、自由を)
タイタニスは願わずにいられなかった。
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