オンライン・メゾン

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――報告書 1-1 調査員:ハルカ(25歳)   メゾン608番803号室――  この度、『オンライン・メゾン』の噂についての調査員を務める、ハルカです。まず、文字が書けていることに驚いています。でも、どうやって向こうに届けるのでしょうか。よくわかりませんが、とりあえず書いてみます。  私は、理想の暮らしとして、都会の高級マンションを選択しました。ランクはA+で高いですが、利用料を払ってくれるというので躊躇はしませんでした。  契約事項に『自身の生い立ちを明記』とありましたので、少し記しておきます。私は十歳の時、両親を交通事故で亡くしました。祖父母もおらず、私は施設に引き取られて過ごしてきました。もちろん、贅沢などできません。周りの女の子がお洒落やメイクを楽しんでいる頃、将来のためにひたすらバイトをする日々です。  商業高校を卒業後は、小さな設計事務所で経理の仕事に就き、なんとか暮らしていけるようになりました。そして去年、婚活パーティで出会った彼と結婚直前まで話が進み、憧れのウェディングドレスを選んでいる最中、悲劇が起こりました。彼の彼女だという女が、お店に乗り込んできたのです。絵に描いたような修羅場となり、聞けば三股を掛けられていたことが判明。やっと普通の幸せな暮らしができると浮かれていた私は、一気にどん底です。しかも、彼がそこそこ稼いでいたので、結婚すれば苦労しないだろうと、自分の財産は綺麗に使い切っていました。経理の仕事をしていても、貯金ができるわけではないのです。  仕事は続けつつも、職場では可哀そうな女として腫物扱い、肩身の狭い思いは消えません。一人暗い部屋に帰って寝て起きての繰り返しに、正直嫌気がさしていました。死のうとは思いませんでしたが、自分がいなくなっても困るのは大家さんくらいだなと思っていました。そんな時、『オンライン・メゾン』のモニター募集の広告を見ました。以前から興味はありましたが、お金の問題で自分には縁遠い存在。報酬として利用料がタダとありましたので、すぐに応募し、今に至ります。  前置きが長くなりましたが、私がこのメゾン608番803号室に暮らし始めて目にした、不思議なことを書いておきます。  この世界では「お金」という概念は存在しませんでした。モノはすべて自分の理想が手に入ります。何とも言い難いのですが……、気づけばそこにある、という感じですね。だから経済の競争は生まれず、皆穏やかな気がします。まあ理想の暮らしですから、いがみ合ってちゃもったいないですし。  あとは、普通に他の人と会話できて、感情もあります。この人好きだな、苦手だなとかは現実世界とは変わりません。今は隣の802号室に暮らしている年上のサエさんと仲良くしています。シングルマザーと言っていましたが、子供の姿は一度も見たことがありません。  不便なのは、鏡がないこと。写真も動画も、自分の姿だけは映らないようになっています。自分が他人にどう見えているのか分からない状況は、結構スリリングです。現実世界がもしそうなっていたら、人々はどうなるのでしょうか。時々、そんなことを考えています。  だらだらと書いてしまいましたが、最初の報告としては以上です。何もかも投げ捨ててこの世界で暮らし始めたので、今はとても満喫しています。願えば何でも手に入るなんて、素晴らしい仕組みですね。戻りたくないと思う人が出てきてもおかしくない。この世界での「死」とは、そういうことなのかもしれません。    
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