オンライン・メゾン

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――報告書3-1 調査員:ヒサコ(40歳)   メゾン710番1503号室――  タダで『オンライン・メゾン』を利用できるなんて、夢みたいですね。主婦なのでタダという言葉には弱いんです。募集をかけてくれた方にはとても感謝しています。最上級のSクラスの高層マンションに住めるなんて、現実世界では考えられないことですから。  四十歳の主婦、ヒサコと申します。同い年の夫と子供が二人居て、夫の実家で二世帯で住んでいました。所謂できちゃった結婚で、私が二十歳の時に出産し、結婚しました。私の両親は反対していましたが、夫の両親は肯定的で、私の両親を説得してくれたおかげで結婚できました。だから当時はとても感謝していて、夫の実家で暮らすことも家賃が浮いて助かる、くらいにしか思っていませんでした。でも実際暮らしてみると、毎日が苦痛で仕方ありませんでした。  まず、夫に対して非常に過保護なんです。世間では大学生の年齢ですし、仕方ないと思っていましたが、三十歳を超えてもお小遣いをあげたり、職場まで車で送ったりと、まるでどこかの御曹司のような扱いです。私は一人暮らしの経験がありますが、彼はずっと実家暮らしで、家事は何一つできません。高校卒業後に電力会社に就職して以降、真面目に勤めていることは尊敬しますが、土日も家を空けることが多く、夫の両親はまだ現役で働いていたので、子供の面倒は広い家で私一人でした。  そして、夫の両親が退職してからは、一日中一緒に過ごすので、私に対しての小言が多くなりました。私に対してのことなら耐えられましたが、一つだけどうしても許せない言葉がありました。それは、「もうちょっと可愛い孫がよかった」という姑の一言です。あなたの息子の血も入っているのに、よくそんなことが言えると。私が醜いと言いたいのでしょうが、子供を巻き込むのは許せなかった。  どうすればこの生活から抜け出せるかと思っていた時に、『オンライン・メゾン』の広告を見ました。二十年間頑張ってきた自分へのご褒美にと応募したら、見事採用。子どもたちは二人とも大学生で、もう自由にしたら?と言ってくれました。少し寂しいですが、私が居なくてもやっていける、私がそう育ててきたんだと、自信を持てました。『オンライン・メゾン』の施設に来る前に離婚届を置いてきましたので、今はとても晴れ晴れとした気持ちです。  私が住むメゾン710番には、同世代の女性が多くいます。中には小さい子どもを残してきている人もいて、人生色々ですね。私はタダですが、Sクラスなのでお金持ちの方々ばかりで、一緒にお茶をしていてもついていけないことはよくあります。でも、この世界でしか経験できないことですので、それも楽しみながら過ごしています。  気になっているのが、この世界には職業のような肩書は一切ないこと。主婦、学生、会社員のような区分けは一切なく、ある一人として対峙します。主婦という肩書に引け目を感じていたので、とても気楽でいられます。ですが、相手がどんな人か分からないという点では、肩書というのはコミュニケーション上便利なものなのだと気づきました。  もちろん、現実世界の肩書も分かりません。たとえ、犯罪者が居ても、お金さえあればここにいる限り見つからないのです。もしそういう人に出会ってしまったら、どうなるのでしょうか。この世界に死というものが存在するのであれば、そんな形でこの生活を終えたくはないですね。  まだまだ始まったばかりですので、これからも順次報告書でお送りします。1枚目はここまでとさせていただきますね。  
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