はじめての

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はじめての

自己紹介が無事終わり、教科書なども大方配られた今、後の予定といえば帰ることくらいだ。 中村先生が明日からの予定を伝え、ホームルームを終えると俺よりも早々に教室を出た人も何人かいて、端まで規則正しく座っていた生徒もまばらになっている。 ずっと教室にいるなんて気まずいし、俺も早く教室を出ようと思い、先程名前を書いた折り目もしわもない教科書たちをリュックに詰めた。 「相模くん。」 俺がそそくさとリュックを閉めたのを見計らってか、櫻井さんが控えめに俺の肩を叩いた。 そろりと振り向くと、にこやかに詰め終わったか聞かれたので頷く。すると今度は少し息を吸ってから、次の言葉を口にする。 「あの、よければなんだけど、途中まで一緒に帰らない?」 「…ぇ、」 櫻井さんの口から出た言葉に放心してしまい、ろくに返事もできないまま固まると、今度は少し俯き気味になって言葉を続ける。 「ごめん、嫌だったらいいんだけど…突然ごめんね。」 「…いや、じゃない…です。」 「…え?」 手に力を入れ、少し熱くなる顔のままそう絞り出すと、櫻井さんは目を丸くしてから、眉を下げてありがとうと笑う。 俺はといえば、自分から出た言葉に驚いていた。確かに櫻井さんは優しいし、一緒にいて胃が痛くなることもないが、まさか超絶人見知りの自分から「一緒に帰りたい」という趣旨の言葉が出るだなんて思いもよらなかったからだ。 俺が動揺しているうちに、櫻井さんは帰りの支度を終えた様で、ゆっくりと立ち上がった。 「相模くんって、駅の方に行くの?」 「…いや、あの…住宅街の方…」 「本当?私もおんなじだ。」 俺の口数は少ないながらも、櫻井さんの落ち着いた話し方のおかげで話が続く。 人がまばらな廊下を通り、玄関で靴に履き替える。櫻井さんと並んで校舎を出ると、なんだか謎の緊張感が出てきた気がした。 「今日、なんか疲れちゃったよね。」 「…うん、そう、だね…」 「先生たち賑やかそうで安心したよ。」 「う、うん…」 …さっきから、同じ相槌しか打てていない。このままだと櫻井さんも流石に軽蔑してしまう…! 何か他の相槌はないか、とぐるぐると思考を巡らせていると、いつの間にか結構な距離を歩いていた様で、櫻井さんがふと足を止める。 「私の家、ここなの。」 「…そ、そうなんだ…」 「うん。……あの、それでね、相模くんに聞きたいことがあるんだけど…いいかな?」 少し俯きがちに聞かれた言葉に、少し動揺する。 聞きたいこととは、なんだろうか。俺が今日、何かをしてしまったのだろうか。…心当たりしかない。 不安になりながらも、「大丈夫、です」と口にすると、櫻井さん少し深呼吸をしてから俯いていた顔を勢いよく上げて口を開いた。 「あのっ、私の友達になってもらえませんか?」 「…え?」 想像していた言葉とは180度違う、ある意味でとんでもない言葉が返って来たことに、思わず声が出る。 友達、と聞こえた。聞き間違いではないはず。 俺はなんだか無性に鼻がつんとしてきて、情けなく唇を引き結んだ。 「……突然ごめんなさい、えっと…」 「…あの!」 「はい?!」 櫻井さんが何か話そうとしてくれていたが、俺はその言葉を遮る様に声を出す。 俺は、重度の人見知りだ。 今まで会話が上手くいったことなんて片手で数えて収まってしまう程かもしれない。それくらい重度なのだ。 …でも、それでも…櫻井さんは俺に話しかけてくれた。俺の言葉を待ってくれて、それに笑って返してくれる人なんて今までいなかった。 そんな優しい人が、俺と友達になりたいだなんて言ってくれたのが、夢みたいで、嬉しくてたまらない。 「あの、俺…すごい人見知りで、話すの遅いし、暗いし、めんどくさいと思うけど…それでもいいなら、俺…櫻井さんと、友達に、なりたいです。」 「…本当?」 俺が伝えられる精一杯の言葉を口にすると、櫻井さんは顔を輝かせて笑って、嬉しい、と何度も言ってくれた。かくいう俺も嬉しくて、鼻がつんとするのを抑えていた。 すると櫻井さんは家の門に手をかけて、眉を下げて笑った。 「また明日ね、相模くん。」 「…うん、また明日、櫻井さん。」 櫻井さんと別れた後も、俺はなんだか気持ちが落ち着かなかった。柄にもにやける口元を隠して、歩く足を早めた。 はじめての友達って響きが、どうにもくすぐったい。
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