踏んじゃった

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 鈴木家の1階は、玄関からリビングまで直線に廊下でつながり、続く奥の間をピアノ教室としている。カーペットの敷かれた部屋には、アップライトピアノが置かれている。鍵盤のフタ部分にかかっているカバーは、クリーム色にパステルピンクの花が咲いていて優雅だ。  その横には隠れるように、ガラス扉付きの木製の棚がそっと佇む。  レッスン中、ちらりと真実が覗き見る木製の棚には、数々のコンクールで受賞してきた証が、透明のガラスをすり抜けてキラキラと輝きを放っている。音楽大学を卒業後、所帯を持った鈴木のささやかな過去の栄光だ。  ふわふわしたセミロングに、柔和な笑みを浮かべる鈴木講師そのものだ。真実は毎週、レッスン部屋を眺める度に思う。  けれど今、電気も付いていない廊下で、真実を通せんぼする鈴木講師は、犯人を逃すまいとにじり寄る刑事のようだ。  その声は、いつもの『とても弱く』のピアニッシモ<pp>ではなく、『少し強く』のメゾフォルテ<mf>だと、真実は黙って耳をすませる。  すると、鈴木講師の背後におかっぱの少女がこっそりこちらを伺っているのに気が付いた。鈴木の腰辺りの高さで、ちらりと顔を出して真実を見ている。  同じ教室に通う、由美(ゆみ)だ。
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