踏んじゃった

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「どうして、こんなことをしたの?」 「……い、急いで、て」 「え?」 「……踏んだ、って、気付き、ません、でした……」 「急いでて踏んだって言うの?」  口を開いた途端、鈴木から溢れ出すのは怒りだ。  真実の仕業だと、疑うことなく詰め寄る。怯えながらも上目遣いに見ると、鈴木の額に横線が引かれているのを見つける。五線紙のような皺のせいで、真実の母親の年齢よりも老けて見えるな、と不謹慎にも思う。  ちいさな人差し指と親指はもぞもぞと動き、真実のスカートの裾は、半分以上ほつれてしまった。 「あれ、おかしいなって気が付かない? あ、由美ちゃんの靴、踏んづけちゃったなって」  ついに口調は、『強く』、フォルテッシモ<ff>になった。  真実は頭の中で鍵盤に向かい、鈴木の声を拾う。静かに響かせていたメロディは、今、語気の強い<スタッカート>。はっきりと鈴木は口を開くと、一音ずつ滑舌良く響かせる。 「あと。こんなにはっきりと足跡が付くのは、ちょっと踏んだくらいじゃ付かない。それぐらい分かるわよね?」  足先がどんどん冷えていくのを、ああ、スリッパを履き忘れたからだ、と真実は気付く。真実が佇むひんやりとした廊下の先には、乳白色のファーの子ども用のスリッパを履いた両足がある。  リビングから、無言でこちらを伺う由美だ。 「どうして、わざと由美ちゃんの靴に跡を付けたの?」
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