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「由美ちゃんに、謝らないの?」
「ご、ご……んな……」
「何? ちゃんと言いなさい」
「ご、ごめん、な、さ……」
「――だって。由美ちゃん。真美ちゃんのこと、許してあげる?」
背後から一部始終を見ていた由美は、鈴木の声を合図にリビングから駆け寄った。
ドアが全開になると、暗い廊下に、リビングの窓から明るい陽射しの粒が漏れる。由美が飲んでいた高級な紅茶のまあるい匂いが、通り過ぎていく。その奥で、楽譜台に教本『バイエル』を置かれたままのピアノが弾く人を待っている。
「うん。由美、真美ちゃんのこと許してあげるよ」
「……ご、ごめん」
「うん。由美、だいじょうぶだから」
「じゃあ、これでもう、おしまい。真美ちゃん、もう二度とこんなことしちゃだめよ」
由美ちゃんのスニーカーの表面に、自分が付けた足跡が残っている。スタンプみたいにしっかりと。犯人はこいつですよ、と知らせているようで、真実は指の温度がどんどん下がっていくのを感じる。
多分、今日のレッスンは駄目だろう。家の練習でいつも間違える箇所は、きっと上手く引けない。
真実は左右10本の指をぐっと、手のひらに押し付ける。短く切った爪なのに、押し込むときゅっと痛んだ。
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