踏んじゃった

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「真実ちゃん、一緒に帰ろ」  いつも通り『とても弱く』、ピアニッシモ<pp>で話しかける鈴木講師の言葉を、何ひとつ聞き取れないまま、真実は45分のレッスン時間を終えた。  自分の『バイエル』をひったくるようにバッグにしまい、「さよなら」とだけ告げ、逃げるように鈴木家の玄関を出た。  夕方17時、住宅地に夕暮れのオレンジが滲むと、真実のエナメルの靴は深い紫色に変わる。一軒家が続く道なり、角を曲がろうとすると水色のスニーカーが待ち伏せていた。  スニーカー表面に押された足跡は、薄暗くなっていく夕闇の中で、黒々と目立っている。由美はその汚れを払いもせず、両目がくっ付きそうなほど頬山を高く上げる。 「ありがと、真実ちゃん」  作戦成功だ、と歯を見せて笑い出す。止まらない、というように両手を上げたまま真実に駆け寄った。   ひそめていたはずが、喜びを讃えんばかりに、フォルテ・フォルテッシモ<fff>『強く、とても強く』、快哉をあげる。 「これでママに新しい靴、買ってもらえる!」
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