足跡

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足跡

御影英司(みかげえいじ)は、肩に猟銃を担った男を横目で見ながら立ち上がった。 陽は防風林の向こう側に落ち、跡部(あとべ)邸の広大な庭は急に暗くなっている。屋敷には明かりが灯っておらず、二人の男性がそれぞれ持つLEDトーチだけが庭の一隅を照らしていた。 御影青年が手に持った龕灯(がんどう)のような装置を手近な飛び石に向けると、金色に光る足あとがほのかに浮かび上がった。 「裸足……、右足ですね。次の石には左足のあとがあります」 もうすぐ三十歳の誕生日を迎えるのに、まだ二十歳(はたち)手前ではないかと見誤るほど若々しい顔には、あり得ないものを見つけた驚きと、自らの成功に対する喜びが同時に浮かんだ。 「これ、ほんとうに三十年以上前のものですか」 「よくやった。間違いなく天使の足あとだ」 御影の背後から、依頼人の中年男性がくぐもった声を出した。地元の有力者であり、次の選挙で父の跡を継いで国会議員に立候補する予定の、跡部太一(あとべたいち)という政治家であった。曽祖父の代から国政に携わっている一族に生まれた彼にとって、選挙という儀式を通過する必要があるとはいえ、国会議員という職はほとんど世襲である。生まれた時から欲しいものは手に入れ、何不自由なく暮らしてきたこの男が、天使捜索という不思議な案件の依頼人であった。 「このまま足あとの追跡を続けてくれ」 「いえ、僕は発明品を届けに来ただけなので。これで帰りたいのですが」 御影は手持ちの筒を、依頼人に向けて捧げ持った。 「この天使追跡装置(エンジェル・ファインダー)を使えば、どなたでも容易に足あとをたどれますから」 「私は忙しい身でね。今夜中にこの件にをつけてしまいたいのだよ」 跡部は肩に担いでいた猟銃を下ろすと、「どうあっても君には協力してもらう」と口にした。銃口を相手の腹部に向ける。 御影は動かない。抵抗を試みたり、不用意に反論したりすれば、相手は引き金を引きかねないのだ。 跡部家は事実上、この地方では大名の殿様であった。二人きりの時に敷地内で何が起きても、地元の警察はせいぜいとしか取り扱わないだろう。最悪の場合は「何も起きなかった」ことにされてしまう恐れさえあった。
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