Side ルクス

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Side ルクス

一面真っ白な窓も出入口もない部屋。 壁の一面に巨大なモニターが一つ。 ベッドが一つとテーブルセットが一つ。椅子は二脚あるけれど片方は使った事がない。 毎日気が付けばいつのまにかテーブルの上に置かれている食事。誰かがこの部屋に入ってきた様子はない。 風呂やトイレも自動で掃除されていて、全てが管理されている。 ぼくは一人この部屋にいる。 ぼくは物心ついた時からこの部屋に一人きりだった。 小さい頃の記憶はひどく曖昧でよく覚えていない。 外界との繋がりは巨大なモニターを通したオンラインでのみ。 それはこちらからの発信は一切できず、向こうからのコールを待つのみだった。 平日の定刻にモニター越しに両親と話し、友人と称す年上の数名と話す。 話される内容は他愛もないものばかり。 天気、体調、今日は何をした?何を思った? それに対してぼくは淡々と対応する。 この人たちにぼくは無駄に愛想よくする必要はなかった。 この人たちとの会話は面白みがなく、時折ぼくを苛立たせた。 ぼくはこの人たちに興味は全くなかったし、両親さえもどうでもよかった。 ぼくが唯一気にする人といえば――――。 「カイン」 ぼくの恋人。名前を口にするだけで心がきゅっとなる。 彼のぼくを見つめる瞳は優しくて、時々ある種の熱を持っているのが分かる。 ぼくはそれに気づいているけれど気づかないフリをするんだ。 ―――そうしないとこの幸せが終わってしまうから。 たとえ恋人と実際に触れ合えなくても。 直接会って「愛してる」と伝えられなくても。 本当は恋人のすべてをぼくのものにしたいって思っていても。 恋人にぼくのすべてを差し出したいと思っていたとしても。 ぼくはすべてに気づかないフリをする。 以前一度だけぼくは「寂しい」「会いたい」と駄々をこねて恋人を困らせた事があった。 だけどぼくは知ってしまったから。 世界は何かが起こってぼく以外人間がいないって事に。 だからぼくは、ぼくの命が尽きるまでここで、何も知らないフリでモニターに映るあなたに「愛してる」と伝えるよ。 それがぼくたちに許された『愛のかたち』 世界にぼくは一人きりでも、ここにいれば一人ではないから。 今日も恋人とのオンラインでのひと時だけの逢瀬が始まる。
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