35人が本棚に入れています
本棚に追加
1.成井さんの謎眉毛
季節外れの新入社員、成井さやか。
彼女は退社した俺の部下のかわりに秋の中頃に入社してきた。事情はさっぱりわからないけど、その部下は急ぎ実家に戻らないといけなくなったとかで退社したらしい。最後に会った週末は何も言ってなかったのに月曜にはいなくなっていた。
ここは旅行代理店で秋は旅行シーズン。人事部が急遽人を探してあっという間に採用されたのが成井さんだ。
成井さんは部内の同じ島の向かいの席に座っている。向かいと言っても机半分だけ平行にすれている。だから俺からはモニタで顔の左半分が隠れていた。
成井さんは肩甲骨くらいまでの長さの少しだけ茶色い髪をセンターで分けて、卵型の顔で、目は少し大きい奥二重なのかな。鼻は普通? それから口もなんとなく普通でピンクっぽい口紅をつけてる。どちらかというと健康的そうで、全体的には明るい印象の人。美人というほどでもないけどそこまでは印象に残らない人だと思う。モニタのわきからのぞく顔からも、そんなに目立つ感じではない。でも。
「村沢さーん。また成井さん見てるんすか? バレバレですよう?」
ニヤニヤと俺の隣からちょっかいを出すのは堀渕友喜。こいつも俺の部下で席は隣。
俺は村沢洋介といって、今は席を外しているもう1人を含めた4人で1つのチームを組んでいて、俺はこのチームの主任。
「別に見てるわけじゃないよ」
「ウソウソ、絶対見てたって、バレバレだって」
「いや、だからそんなんじゃないから」
「村沢主任、何かありました?」
俺と堀渕のちょっとした言い合いに成井さんが席から立ち上がる。
うん、俺は成井さんのことを見ていてそれは確かで。でも別に堀渕が邪推しているように成井さんが好きだから見ているわけじゃなくて。その、なんていうか物凄くもやもやしているんだ。成井さんが入社してからずっと。
俺は立ち上がってにこりと微笑む成井さんを見上げる。その顔は圧倒的な存在感をたたえている。
だって。だって成井さんは。
左側の眉毛がないんだから。
最初のコメントを投稿しよう!