こわれる

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 私の心が壊れた夜は、唐突に訪れた。  その夜も夫は夜9時を前に、いそいそとPCの前に立ちデートの準備を始めた。  私は急いで、いつものようにキッチンに逃げ込む。  その背後から、不意に、夫の声が私に向けて投げられた。 「いいかげんに、離婚届にサインしてくれないか。俺だって、もうこうやってお前を傷つけるの、限界なんだよ」  彼の心は戻ってこない、永久に。  その冷徹な声はその現実を嫌が応なく、私に知らしめた。  そのとき、何故か私の瞳には、あのチェコガラスの人形が目に入った。そして気が付いたときはそれを両手に握りしめ、夫の背後に駆け寄っていた。 「なっ……!」  私の動きは自分でも驚くほど俊敏だった。人形を勢いよく振り上げると、夫の後頭部にそれを叩きつけていた。人形は夫の頭を割って、真っ二つに割れた。夫の脳天から血が飛び散る。私は、エプロンが返り血で真っ赤になるのも構わず、呻きながらカーペットに転がる彼の頭部に、人形を、数え切れない回数、執拗に叩きつけた。  やがて、人形が原形をとどめぬほどに粉々になったとき、私は漸くその手を止め、我に返った。  血まみれの夫は気を失っていた。粉々になった人形の破片を、頭だけでなく身体中に浴びて。  それを見て、私は遅まきながら悟った。  とうに私の心は粉々に壊れていたのである。  そして、このままでは…、このままでは…、と心のどこかで空想していたことは、遂に目の前で現実の光景となったことに、大きく息を吐いた。 「ひっ……」  不意にPC画面から女のひとの震える声が聞こえてきた。  すでにSkypeは起動しており、画面には「彼女」が映し出されていた。ことの一部始終は、カメラを通じて彼女に目撃されていたのである。  だが、それに気づいたところで、壊れた心の私には、何の感情も生じなかった。
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