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第4話 飼い主さんが帰ってこないにゃ…④
数週間後。
佳菜江は俺を、墓参りに連れ出した。
真っ青な空に緑の木々、グレーの石がたくさん並ぶ静かな場所。俺をキャリーケースから出すと、佳菜江はそっと墓石の上に乗せてくれた。
「この下に朋美ちゃんが眠っているんだよ」
「にゃぁ…ん…」
佳菜江は、朋美が病気で亡くなったこと、俺を捨てたんじゃないことを一生懸命に俺に話して教えてくれた。
まだ少ししか一緒に暮らしていないが、佳菜江がとても優しい人間なのが良くわかる。
朋美の墓に線香を供えて、手を合わせる佳菜江。その間、俺は墓石の上を歩いて、ペタペタと足跡を付けた。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ…にゃっ…」
肉球で踏み踏みして、たくさんたくさん足跡をつける。
毎晩、朋美と一緒に眠るときに、朋美の温かい体を踏み踏みしながら幸せな眠りについた。だが今は足の下には硬い石があるだけで、石に触れた肉球は冷たい…。
朋美がいないのに…毎日は続いていく…。明日も明後日もずっと朋美はいないんだ…そう思ったら心が痛くて、また涙が溢れてきてしまった…。
「朋美ちゃん、朋美ちゃんの猫は大切にするからね。猫を飼うのは初めてだけど、一生懸命お世話するから…、これからよろしくお願いします!」
そう言って墓石に向かって、頭を下げる佳菜江。その顔を見ると、俺と同じように泣いていた。
「また、朋美ちゃんに会いにこようねアスラン」
「にゃぁーん…」
佳菜江は涙を拭うと、少し離れた場所から、俺のほうへ手を伸ばした。俺は墓石の上から、その腕の中に向かってぴょんと勢いよくジャンプする。
ところが、俺を抱っこしようとした佳菜江が前に出て、俺は高く飛んだせいで、佳菜江の顔に猫キックがヒットしてしまった!?。
それでも俺を落とすまいとした佳菜江は、体勢を崩して転んで尻もちをついた。
「大丈夫アスラン?、ごめんね、いきなりジャンプすると思わなくて…」
転んでも俺を落とさなかった佳菜江が、心配そうに腕の中の俺に声をかける。
「にゃー!? にゃぁー! にゃぁああああああああ!」
『ごめんね!ごめんね!』と俺は全力で、佳菜江に謝った。つい朋美のときの癖で、手を出されたからハイジャンプしてしまったのだ…。
猫飼い主の初心者の佳菜江と俺は、まだ意思疎通が上手くいかない…。だが今のは俺が完全に悪い…。佳菜江の頬に、俺の足あとがくっきりとついたのをみて、俺は青くなって耳をペタンとして項垂れた。
「ふっ、あははっ、凄いね猫ってこんなに飛ぶんだね!」
だが佳菜江は怒るでもなく、可笑しそうに笑い出した。そして俺を抱きしめて頬ずりし始めたのだ。
そんな大らかな佳菜江を見ていたら、俺は思わず佳菜江の頬をペロペロと舐めてしまった。
「ふふ、くすぐったいよアスラン」
大切な人を失って、辛くて苦しくて死んでしまいそうに涙が出ても、明日も生きていかなくちゃならない…。
『生きるって、胸の痛みを抱えて一歩を踏み出すことなんだにゃ…』
俺は、今日やっと朋美に最後の踏み踏みをしてお別れが言えた…。
一番大好きはこれからも朋美で変わらない…。
だけど、新しい飼い主が他の人じゃなくて…佳菜江で良かったと、やっと少しだけそう思えた。
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