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血で汚れた口元を歪めて、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「どこに行っておったのだ。あれから顔も見せんで……」
「いやあ、すまない。元服してからあれやこれやと忙しくてなあ」
「心配させおって……おっと、今のは忘れろ。全く、退屈させおって。それにしても、背丈も伸びて、見違えるのお」
「お前は何一つ変わらんな」
幼い頃の記憶にあるままの姿のよろづを見下ろし、惟雄はほっと安堵の顔をする。よろづは小馬鹿にされたと思ったのか、頬を膨らませて惟雄の横腹を小突いた。
「それにしても、やってくれたなあ。そいつは身内なんだよ」
「左様か。それにしては、平気な顔をしておるではないか」
「気に食わない奴だったんでね。これまではこいつも含めて、村人やら取るに足らん奴を喰ってくれてたから見逃してきたが、これ以上のことをしてもらうと、私もこれをお前に対してこれを抜かねばならん。ここいらで手を引いてくれんか?」
惟雄は腰に佩いた刀の柄に手を置いた。
「……それは、我にここを出ていけ、ということだな?」
「まあ……そうなるな」
「先に我の縄張りに踏み込んできたのは、貴様らぞ?」
「わかってるよ。でもなあ、それが私たちの性ってもんさ。ほかから奪って我がものとするってな。その片棒を担がねばならんのよ。私も、こちら側だから」
「……お前は面白い奴だ。できれば、喰らいたくはないのだが?」
よろづは一歩引き下がり、惟雄を睨んだ。
「それは私も同じさ」
柄をぐっと握り込み、惟雄も構えた。静寂が堂内に満ちていく。どこかで鳥がけたたましく鳴いて、飛び去った。
枯れ枝に降り積もった雪が、日の光に晒されて、虚しく崩れ落ちていった。
薄暗い影の中で、二つの光が閃き、交錯した。固い金物同士が撃ち合う音が鋭く響き、雪の尽きた薄雲が広がる空に吸い込まれていった。
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