紅葉を踏む

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「父上の代までは、土御門家の当主殿に来てもらっていたが、貴殿の代からはそれをやめにしようではないか。ことが起こるたびにこの山道を登るのも、骨が折れるじゃろうて……。月に数度、使者を寄越すだけでよい。貴殿がわざわざ、ここに出向く必要もなかろうて。下界では、鬼も出ると言うしのう……」  卑しい笑みを作って和尚は言った。言外に、寺には来るなということだろう。惟雄はそのわけを何となく悟りはしたが、麓の集落を手中に収めている和尚を敵に回すわけにはいかなかった。  要するに素直に彼のいうことに従うしかなかった。惟雄は静かに頷き、寺を後にした。少女との逢瀬もそこで途切れてしまった。    *   *   *  黒い枝に白雪が咲いている。土を覆い隠していた落ち葉の上にも雪は積もり、視界のほとんどが白一色であった。日はすでに高くなっていたが、山の雪が解けるにはもう数日は掛かるだろう。  先代の和尚が死んだのが、惟雄が寺を最後に訪れてから数か月の後であった。死体を見たわけでもないし、葬儀にも参列できなかったから、話でしか聞いていないが、凄惨な死に様だったらしい。何でも鬼に喰われたのだとか。  それからというもの、麓では鬼の噂が絶えない。惟雄に鬼退治の勅命が下ったのも、それからすぐのことであった。  雪に記された赤い足跡を追って、さらに山道を行くと、すっかり寂れてしまった竜照寺の本堂が見えてくる。惟雄は久々に訪れる本堂に懐かしさを覚えながら、足跡の続く本堂の中へ入った。  本堂の中は薄暗く、破れた屋根や格子戸から漏れてくる日光が唯一の頼りであった。しかし、乏しい光の中でも、惟雄は彼女をすぐに見つけることができた。  汚らわしい衣服の背中をこちらに向け、一心不乱に肉を貪っている様は、その昔鹿肉を一緒に喰らった頃と変わらない。朽ち果てた板敷が軋み、寂しげな音を立てる。  肉を貪っていた背中がぴたりと止まり、その向こうから白髪の頭が現れる。くるりと振り返ると、鋭い眼光が惟雄を見据えた。 「よろづ」  声が震える。永い、永い時を隔てた再会に、心が躍る。長く伸ばした白髪が揺れ、瞳に宿っていた殺意が消える。 「惟雄か?」  驚き半分によろづは言って、持っていた肉を投げ捨てて立ち上がった。どうやら彼女は、西条の臓腑の一部を持ち帰っていたらしい。すぐ傍には首が転がり、こちらは頭蓋の半分ほどが喰われていた。
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