#1 他人んちのカルピ○の味を知ってるって話。

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#1 他人んちのカルピ○の味を知ってるって話。

 ぞろぞろと歩く、白黒の集団。2・3年前まで、働き蟻みたいだなと眺めていた私も、今ではその中に混ざっている。この集団行動を愚かしく思う事もあるが、これが社会というものなのだろう。 陽炎が立ち昇るアスファルトに、規則正しいリズムで革靴の足音を刻む。この猛暑にも、いつか慣れるのだろうか。黒髪に熱がこもり、何度拭っても額からは汗が噴き出てくる。今すぐシャワーを浴びたい。前を歩く白黒たちの背中が、しがらみのように思えてくる。 沸騰する頭がストレスに支配され始めた時、ビルの合間に薄暗い横道が現れた。砂漠でオアシスを見つけた時というのは、きっとこういう気持ちになるのだろう。腕時計を一瞥し、避難するように影の中へと入っていった。 横道に入った途端爽やかな風が吹き抜ける、なんてことは無かった。さっきまでいた大通りと比べると、多少は風を感じられるが、快適には程遠い。直射で炙られないだけましだが、ジメジメと纏わりつくような湿度からは、逃げられないようだ。 ため息を吐き出し、重い足で道路脇の自動販売機へ向かう。商品の下に表記された「つめた~い」の文字に、再びオアシスを感じる。 水を飲みたかったのだが、すでに売り切れらしい。この炎天下では仕方がない。代わりにスポーツドリンクのボタンに手を伸ばす。だがボタンに触れる直前、白色に深い青の入ったパッケージが目に留まる。気が変わった。熱中症対策にはスポーツドリンクの方が良いのかも知れないが、口はこの乳酸菌飲料を求めている。 手に持つと、ペットボトルから伝わる冷感が気持ちよかった。本当は、冷たければ何でも良かったのかも知れない。膨れ上がったストレスが落ち着いたからか、なぜこれを欲したのか分からなくなった。 それでもやはり、飲んでみると優しい甘さが美味しかった。至る所で見かける、白濁したどこか懐かしい味。私はもう少し薄めの方が好きだ。自分で作るときは、原液を6〜7倍に薄める。仄かに甘いくらいが、すっきりとして飲みやすい。 氷が入ったグラスを、カラカラとかき混ぜる音が、脳裏を過ぎる。熱されたアスファルトと、コンクリートの壁。そして、並んだ二つのコップ。あの人が作ってくれたのは、もっと濃かった。 ──お疲れ。差し入れ持って来たよー ──あ、マジ?ありがと あの人の家に通っていた理由は、部活外で練習をする為だけではなかった。きっとそれは建前で、あの人との繋がりを、失いたくなかったのだと思う。 ──今度、試合あるんだよね?それさ……観に行ってもいい?どこでやるの? ──来週な。……でも負けたら気まずいし、ダメ ──大丈夫だよ。いつも頑張ってるし、大丈夫 正直、これの濃い味は好きではなかった。甘ったるさが舌に残り、喉の奥に引っかかる感じが気になってしまう。それでも、あの人には笑顔で美味しいと伝えた。嘘や気遣いではない。どうでもよかったのだ。この味が好きと言うのなら、それが美味しい。 ──……まぁ、頑張りますけども。来ても楽しくないと思うよ。あんまりそっち行けないし。観てるだけって結構飽きるよ?てか、ルール知ってる? ──知ってるわ。友達誘って行くし、応援してたら飽きないでしょ 関係というのは波形のように変化する。その時の互いの状況によって、密であったり離れたり。どちらかが、何か行動を起こさなければ、いずれは離れたまま、波形は下に沈んでいってしまう。別々の道を進むことになった時、あの人との関係を続けたくて、私は初めて勇気を出したのだ。 ──まぁ、うん……わかった。じゃあ帰ったら場所送るわ ──うん。……ていうかさ、あのね。わたしさ、 勇気を出した結果、関係が壊れることもある。その繋がりが、別の名前になることもある。あの頃の私たちは、互いに一歩踏み出したことで、たしかに望んだ結果を得られたのだ。  もう一度ペットボトルに口をつける。喉、食道、そして胃へと冷めたい水が流れていくのを感じる。心なしか、風が心地良い。何となく取り出したスマホに、指を滑らせてみる。そして、それを見つけて、やめた。画面を消し、再びポケットにしまう。やっぱり薄い方が好きだ。もう戻れない、甘ったるく残る、思い出の味。
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