5人が本棚に入れています
本棚に追加
付け直し
次の日出社すると、部長から一面記事の特集が割り振られた。なぜ突然自分がそのような大役を任されたのか。
驚いて確認すると、同期の社員でなく、僕がジャーナリスト賞を受賞していたことになっていた。会社での自分の評価も非常に高くなっている。
僕は昨日の出来事を思い出す。
本当に過去の〈結果〉が変わっている。
あの男は本当に、魔術師や神のような存在だったのかもしれない。
社内から向けられる期待と好感の目線。
優越感に浸りながら仕事に取りかかった。
「──氷雨様、どうだったでしょうか」
「……あなたの言っていたことが理解できました」
「それは良かった。しかしどこか不満気ですね。何か不服がございましたでしょうか」
「……昨日までは良かった……しかし、何故元に戻っているんですか」
昨日、一面記事の業務を与えられ意気揚々と仕事に取り掛かっていた。それ以上変えたいことはないと、その日はそのまま自宅へ帰った。
しかし今日出社すると、自分が賞を取った事実はなくなっていた。職場から向けられる視線は、『何故お前が一面記事の担当なのか』といった不満の眼差しであった。
「言ったではありませんか。あれは『お試し』だと」
そうだ。確かに『お試し』と言っていた。だから元に戻ってしまったのか。
「申し訳ありませんが、こちらも商売ですので……正式に〈付け直す〉場合は製品版の購入が必要となります。その場合はきちんとお支払いをしてもらう必要がありますが……」
「製品版を買わせて下さい。いくらですか?」
「……支払って頂くのはお金ではありません。あなたの〈足跡〉です」
「僕の〈足跡〉ですか?」
「はい。一歩分購入される場合は、あなたの〈足跡〉を一歩。それをいただきます」
「しかし……僕には釣り合いが取れるような……誇れるような結果など今までにないのですが……」
自分の過去を振り返ってみる。何をやっても平凡で、特に取り柄もない。人に自慢出来るような結果など残してきた記憶はない。
「ご心配なく。立派であろうと、なかろうと、どのような〈足跡〉も需要があります。氷雨様の〈足跡〉でも十分お支払いいただけます」
自分のつまらない人生でも支払いになるのか。
「では製品版をお願いします」
「承りました」
一昨日と同じように、僕はトランクに付いた足跡を上から付け直した。
「──氷雨様、今日はどうなさいました?」
「僕はジャーナリスト賞を取った。それでせっかく一面記事を貰えたというのに……『文章力がない』と怒鳴られ、何度も書き直しさせられます……」
「なるほど」
「そこで……〈出身大学の足跡〉を付け直すことできますか? 有名大学出の意見なら、上司も文句は言えないはず……」
「承りました」
「──氷雨様、今日はどうなさいました?」
「『有名大学を出ているのにこの程度か』と馬鹿にされた……大学だけではダメです。もっと前の段階から……。
〈出身高校の足跡〉を変えることはできますか?」
「もちろん……また、あなたの〈足跡〉を貰いますが」
「構いません」
「はい。承りました」
「──氷雨様、今日は」
「もっと前だ。もっと変える必要があるんだ! 何故僕がこんなに馬鹿にされないといけない!
小学校、中学校の〈足跡〉、両方とも変えて下さい! また高校もこの前とは別で付け直したい!」
「はい、承りました」
「もう一度、学校を──」
「いや、入った会社を──」
「そうだ、親だ。あの親から生まれたという事実を──」
──付け直したい。
「大丈夫です。何度でも、何回でも。好きなだけ、付け直してもらって構いません。しかし、その代わりに。
その分の、あなたの〈足跡〉を頂きますよ」
「……僕の〈足跡〉ならいくらでも」
「……そうですか」
最初のコメントを投稿しよう!