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しんしんと雪が降っていた。視界が白い。昨晩からふり続いているせいか、だいぶ積もっている。歩みを進めるたびにざく、ざく、と小麦粉をぎゅっと握りしめるような音がした。足音は私のものだけじゃない。
「なあ美央、頼むよ」
隣で口を開く男は私の幼なじみの蒼汰だ。幼なじみと言えど家が隣というだけで年下だし、年は三つ離れている。そんなに接点はないはずなのに、なぜか昔からこの男は私の後ばかりついてくる。ふり切りたくて早歩きをするけれど、素知らぬ顔で肩を並べられてしまう。
「……」
「絶対来てほしいんだ。プレゼントとかなんにもいらないから。美央が来てくれるだけで嬉しいから」
今お願いされているのは、明日、蒼汰の誕生日に蒼汰の家に行くことだった。
「あたりまえでしょ! なんで私があんたにプレゼントなんか渡さなきゃいけないのよ」
寒くて口を開くのも億劫だった。だいたい、もうお誕生日パーティーなんていう年頃じゃないだろう。いくら年下とはいえ、蒼汰はもう高校三年生だ。
雪のせいで視界が少し悪い。今日は高校を卒業してすぐに働き始めた私にとっては貴重な休日だった。本当だったら愛犬のベンと家のこたつでぬくぬくとお昼寝をしたいくらいなのに、なんでこんなことをしているんだろう。
「……」
しゅんと落ち込むような気配を感じて、私は思わず足を止めた。
「わーかったわよ! 行けばいいんでしょ」
「ほんと? 来てくれる?」
「行くってば。だからついてこないで」
「今からどこ行くの?」
いつもならなんだかんだついてきても許していた。
でも今日はだめだ。さっきはあんなふうに言ってしまったけれど、本当は今から蒼汰の誕生日プレゼントを買いに行くつもりだった。誕生日だって忘れていたわけじゃない。毎年毎年こんなに主張されて、忘れられるわけがないだろう。
「だいたいあんた、こんなことしてていいわけ? 受験は?」
質問には答えずに、話を逸らす。
「それよりも重要なことなんだ。受験は必ず受かるよ」
「なにそれ」
たしかに、蒼汰は勉強をだいぶ頑張っているらしい。母親同士が話しているのを盗み聞きしたところ、元々悪かったわけではないのに最近さらに偏差値がぐんと伸びたと言っていた。だから今年はプレゼントでも買ってあげようという気になったのだ。勉強を頑張っているご褒美もかねて。
後ろをふり返る。まっしろな雪に、二つの足あとが同じ間隔でくっきりとついている。もう、小さな歩幅で必死で私の後をついてきていた泣き虫の男の子ではないのだ。
私のことが大好きで、昔は告白染みたこともされた。ろくに相手をしないでいると、十八歳になったらもう一度告白するなんて言っていたっけ。小さかった彼は、今となってはすっかり爽やかな好青年に成長していた。すっとした鼻筋に、羨ましくなるくらいはっきりした二重の瞼に大きな瞳、それからすらりと伸びた身長。大学に入ったらきっと女の子は放っておかないだろう。いや、今もうすでに高校で告白されたり、つきあっている女の子がいたりするのかもしれない。
そこまで考えて、私はあることに気づいた。
「蒼汰」
「ん?」
蒼汰の身長はもう私よりずっと大きくなっていた。歩幅は同じになったんじゃなくて、彼が私に合わせてくれていたのだ。
「あんた、明日何歳になるんだっけ?」
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