雨の足跡

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 梅雨は大嫌いだ。  止みそうで止まない雨が、昼夜問わず降り続いて気が滅入りそうになる。まとわりつくような雨の雫や、むんとした熱気がまるでサウナのように感じられ、俺は汗ばんだ額をハンカチで拭った。  エレベーターを降りると、廊下の電気がチカチカと点滅して俺は舌打ちした。   古いマンションだから仕方ないが、あの陰気な管理人は何かと仕事をサボっているんじゃないかと思ってしまう。  クソ上司の説教に鬱陶しい雨で苛立っている所に、羽虫が目の前をチカチカ飛ぶような照明は本当に気が滅入る。今日はさっさと飯を食って風呂に入ったら、ビールを飲んで寝てしまおう。  俺はふと、ひび割れた廊下に目を落とした。 雨に濡れた小さな子供の足跡が点々と続いてる。  この階には派手な感じのシングルマザーの女がいるし、雨の日に子供の足跡くらい残っていても何もおかしくないが、俺が違和感を感じたのはその足跡が裸足だったからだ。  水遊びでもして歩いたのか?  まぁ、最近は蒸し暑いしおかしくはない。  あのシングルマザーが、ゴムプールで子供を遊ばせていたのを覚えている。  下の階には子供もいるし、上がってきたのかも知れないな。  俺はその足跡を見ながら、自分の部屋へと向かった。長い真っ直ぐの廊下を足跡を辿りながら歩いていくと、案の定、母子家庭の部屋で消えいた。 「やっぱり、ここの家の子か」   予想通りだったが、それにしてもなぜ子供の足跡だけ残っているのか謎が残る。  幼稚園くらいの子供だ、母親の靴跡が残っていてもいいものだが。  そう言えば、母親の方は今年の初め頃から若い男の付き合ってたみたいだなぁ。  どうも内縁の男っていうか、ヒモみたいなやつだ。  挨拶すれば感じの良い男だったが、時々怒鳴り声が聞こえていた。ああいう外面の良い男に弱いのかねぇ、女ってのは。  先日だって、夜中に大きな物音が聞こえた。  言い争うような痴話喧嘩の声は聞こえていたが、豪雨だったからなぁ。  まぁ、母子家庭だし色々とあるんだろう。  俺は離婚してるんで、男の気持ちもわからなくはない。  だらしない女なのか、最近では部屋の前を通るたびに生ゴミのような匂いがするし。  扉の隙間からハエやゴキブリが出てくることもあったから、一度管理人か注意して貰わんとな。  しかし、この階は俺しか住んでないから、トラブルになりかねんぞ。  あの男を見かけないのも、片付けられない女が嫌になって別れたんだろうか。  ――――そう言えば、あの家の子も見かけないな。  いつから見かけてなかったっけ。  母親ともすれ違ってない。  会釈する程度の関係だし覚えてなくて当然か。エレベーターで時々あの親子と一緒になることも多かったんだが意識していなかった。      俺は自分の部屋の扉の鍵を差した。  ドアノブをひねった瞬間、あの部屋の扉がゆっくりと開く。  蝿にまみれた小さな黒い指先と黒い頭の先が見えた。          
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