春来たりなば

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「朝海、何しに来たん。自転車のことだけか?」 そう言った康平の金色のくしゃくしゃした髪が春陽に透けるのを見ながら私は言った。 「達夫叔父さんに用があって来たの。叔父さん、家にいるかな」 「今日は工場休みやから、二階でテレビ見とる。上がってけよ」 くい、と顎で一軒家を指すと、康平はふたたび自転車に向き合い、私に背中を向けた。私は康平の了解がとれたので、玄関の引き戸を開け「こんにちは」と言うとブーツを脱ぎ、少し急な階段を足早に上った。 二階の和室で、達夫叔父さんは半纏を着て小さなテレビを見ていた。私の気配に振り返り、「おお、朝海ちゃん」と笑った。しわの深く刻まれたシミのある顔。しばらく見ない間に、また齢をとったようだと思いながら、私は持ってきた酒まんじゅうの袋を渡す。 「叔父さん、康平と食べてね」 この家に住むのは達夫叔父さんと康平の二人だけだ。達夫叔父さんは弓子叔母さん――康平の母親にあたる人を、心筋梗塞で若くに亡くしていた。ひとかどの不良だった康平が更生して、達夫叔父さんの工場で働くようになったのも、母親の死がきっかけだったようだ。もっとも、髪の色は直らなかったけれども。 達夫叔父さんは、こたつの上にあったみかんを私に勧めると、とろんとした眼で私に言った。 「で、朝海ちゃんの話っていうのは、なんだね?」
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