変化

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変化

ハルベルト殿下の所へ向かいながら途中で鏡を見つけ、空を駆けるのに邪魔になるからと後ろで結んでいた髪をほどいた。あまりお転婆だと思われたら恥ずかしいですものね。それでなくても幼い頃から知っているハルベルト殿下にはルドルフと一緒に庭を駆け回ってるところや、芝生に寝転んだりしてるのを目撃されているのですから余計にですわ。  鏡を見ると、ハルベルト殿下が綺麗だと言ってくれた蜂蜜色の髪がふわりと揺れます。 「お嬢様、ハルベルト殿下がお待ちですよ」  反対側の廊下からお茶の準備を持ったアンナが声をかけてきた。ハルベルト殿下と会うときはいつもアンナが後ろに控えてくれているので一緒に客間へと向かうことにしました。  ゆっくりと客間の扉を開けると、窓辺に立ち外を見ていたハルベルト殿下が振り向きいつもの穏やかな笑みを見せてくれました。 「カタストロフ公爵令嬢、お邪魔しております」 「お待たせしてしまって申し訳ございません、ハルベルト殿下」  お詫びを口にしながらも、内心は今の服装をなんて思われてるかとドキドキしていました。とんでもないお転婆だと言われたら……ちょっと立ち直れないかもしれません。 「とんでもない、急に赴いたのは僕ですから。……今日の服装はいつもと雰囲気が違いますね。その装いもとても似合っていますよ」  にっこりと微笑みながらそう言われてホッとしました。 「ありがとうございます、ハルベルト殿下。それで、本日はどうなされたんですか?」  ホッとしたのと同時になんだか恥ずかしさが込み上げてきてしまい、誤魔化すために本題に入りながらお茶を勧めます。  だって、ハルベルト殿下が私を見る目がいつもよりにこやかな気がするんですもの。絶対“お転婆な妹”だと思われてる気がしますわ。 「ええ、実は頼まれていた例の件が整いましたので報告に参りました。出来るだけ早くお知らせしようと思いまして」 「え!もうですか?すごいです!あ、もしかしてなにかご無理をさせてしまったのでは……」  頼める相手がハルベルト殿下しかいなかったとはいえ、けっこう大がかりな事をお願いしてしまいましたのよね。それをこんなに早くこなしてしまわれるなんて、負担をお掛けしてしまったかもしれません。  座ったばかりのソファから思わず身を乗り出した私でしたが、ハルベルト殿下はにっこりと微笑み私の頭を優しく撫でました。 「心配には及びませんよ」 「は、はい……」  いつもの優しい仕草でしたが、なぜかその時はちょっとだけ違和感を感じてしまいました。  頭を撫でられて、乗り出した体をソファへと戻した私。  今まで気にしたことはなかったのに、なぜか急に距離を感じてしまったのです。まるでこれ以上近づいてはいけないと、止められたように感じてしまったのですわ。  そう思うとハルベルト殿下は決して私の名前をセレーネとは呼ばないし、触れるのは頭を撫でる時だけ。いつも一定の距離を保っていてそれ以上は絶対に私に近寄りません。  そういえば、最後にハルベルト殿下に「セレーネ」と呼んで頂いたのはいつだったかしら……? 「どうかされましたか?」 「えっ、いえ、なんでもありませんわ!」  私ったら、何を今さら気にしているのかしら?ハルベルト殿下は私のお願いのために頑張って下さったのに今はこんなこと気にしている場合ではありませんわ。  そして今さらですが、よく考えればオスカー殿下との婚約が破棄されればもうハルベルト殿下とは義兄妹にはなれませんし……これからは、他人……。 「では、こちらが報告書です。ご要望通りに我が国の領地から外れた無人島で、この島の所有国から買い取りました。“空の流通便”として有名な神獣の島になるとわかると相手国は大喜びでしたよ。開拓の方も順調で、相手国から人員をお借りできたので報酬は最初に言われてた通りに――――」  そう言って報告書から顔をあげたハルベルト殿下が私を見て目を見開いていました。まるで信じられないものを見てとても驚いているかのようなそんな表情、初めて見ましたわ。 「あなたは……なぜ、そんな顔を……」  ハルベルト殿下が少し震えた声でなにかを呟いた気がしました。よく聞こえなかったけど、顔?私の顔がどうしたと……  その時、部屋の扉がノックされ使用人が慌てて入ってきました。 「ご歓談中申し訳ございません、王家から取り急ぎお嬢様に王城に来ていただきたいと使者の方が来ていまし……」 「え?」  その言葉に振り向こうとした途端アンナが私の顔に冷たいおしぼりをかぶせました。 「あ、アンナ、なにを」 「失礼いたしました、お嬢様。ですが、酷いお顔をされていましたので」  酷い顔?私が? 「王家にはお嬢様の支度が整い次第参りますとお伝え下さい「でも、使者の方がお連れすると待っていますが」第二王子のハルベルト殿下が付き添って下さいますので逃げたりしません。王城でお待ち下さいと伝えて下さい。お願いしてもよろしいですか?ハルベルト殿下」 「もちろん。僕が責任持ってお連れすると父上に伝えて下さい」 「か、畏まりました!」  使用人が踵を返す音を聞きながら私はおしぼりで顔を覆ったまま呆然としていました。 「では、お嬢様はお召し替えを。さすがにその服装で王城に参るわけにはいきませんので。ハルベルト殿下はこのままお待ち下さい。さ、行きますよお嬢様」  そのままアンナに連れられ着替えるために自室に向かいます。だんだん冷静になってきた私はおしぼりを顔から離せなくなりそうでした。  ハルベルト殿下があんなに驚いて声が震えるほどの酷い顔って、私ったらどんな顔をしてましたの?! 「アンナ、き、きき、聞きたいこ「本当にお聞きになりたいですか?」やっぱり聞きたくないわ!」  まさか、ハルベルト殿下とはもう赤の他人になってしまうんだって気付いたからって、ハルベルト殿下が怯えるほど酷い顔をしてたなんて自分でもびっくりです。そんなに恐い顔をしてたのね……。 「さぁ、まずはお顔を洗ってください。ドレスを選んで参ります」  冷たい水で顔を洗い、鏡を見るがそこにはいつもの私の顔があるだけ。淑女としての微笑みだって、ほらすぐにできますわ。  それなのに、ハルベルト殿下の前ではいつも変な事ばかりしてしまう。こんな私じゃ、ハルベルト殿下に距離を置かれても仕方ないわね……。 「大丈夫ですか?お嬢様」 「……大丈夫よ。王城に呼ばれたってことは、オスカー殿下との婚約破棄についてに決まってるわ。王命だろうとなんだろうと絶対に破棄してルドルフを守るわよ!」  ハルベルト殿下に義兄になって頂けないのは残念だけれど、これ以上嫌われなければお茶会友達ではいてくれるはずです。それに別に名前を呼ばれなくても、頭を撫でる以外に触れてくれなくても、一緒にお茶をしながらあの微笑みを見せてくださるだけでじゅうぶんですもの! 「ハルベルト殿下のおかげでルドルフを守る切り札が間に合いましたわ。さぁ、断捨離してスッキリするわよ!」  気合いを入れる私を見てアンナが「やっぱり、お嬢様は元気な方がお嬢様らしいですね」と笑いました。それってやっぱり、お転婆ってことなのかしら? ***  セレーネを待つ間、ハルベルトは窓から空を眺めながら深いため息をついていた。  ハルベルト付きの執事は声をかけることもなくただ黙って主人を見守っているが、ハルベルトと同じく見てしまったセレーネのあの顔にこのいつも穏やかな主人がどれだけ動揺したかが手に取るようにわかる。それだけに心中を察するしかなかった。   ハルベルトの事を見つめるその一瞬に見せたその顔は、悲しそうながらもいつもの無邪気な少女とは違う初めて見せる大人びた表情で……そんな顔を見てしまったハルベルトは、どうすればいいかわからなかった。
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