420人が本棚に入れています
本棚に追加
第一王子との対決
お茶会の翌日、私はまた学園をお休みすることになってしまいました。まぁ、しばらくお休みしても全然いいのですけれど、今目の前にいる休むはめになった理由につい眉をしかめてしまいましたわ。
「いきなり呼び出すなんて、品位を疑われましてよ」
「まぁまぁ、そんなに怒るなよ。昨日だってハルベルトと密会してたんだろ？」
「密会ではなく健全なお茶会ですわ。ハルベルト殿下はあなたとは違いますのよ」
確かにハルベルト殿下は私の初恋の方ですけれど、まるで下心があって不義を働いているかのように悪く言われて私はつんとそっぽを向きました。私はハルベルト殿下を兄のように慕っているだけですし、ハルベルト殿下も実の妹のように私を可愛がって下さってるだけですわ。いつもの事とは言え、失礼しちゃいますわね！
「はははは、確かにあいつは俺と違ってお上品だよ」
その方はプラチナブロンド色の長い髪を後ろでひとつ結びにし、透明感のあるブルートパーズのような瞳を細めると形のよい唇にニヤニヤと笑みを浮かべます。顔立ちはオスカー殿下にそっくりなのですが、オスカー殿下には無い腹黒オーラをひしひしと感じますわ。国王陛下と王妃殿下もプラチナブロンドに青みがかった瞳ですが前王妃……皇太后様(殿下達のお祖母様)が濃い銀髪に紺色の瞳の系統だったのでハルベルト殿下は隔世遺伝ですわね。皇太后様は遠い諸国から嫁いでこられたのですが、それは素晴らしい人格者でしたわ。
え？誰と話しているのかって？そんなの……ハルベルト殿下とオスカー殿下の兄である第一王子のアレクシス王太子殿下ですが？
オスカー殿下とそっくりな顔でいつもつっかかってくるのでついイラッとしてしまいますわ。
「俺ってば次代の王様だよ？お前がオスカーと結婚すれば未来の義理の兄だよ？もうちょっと敬意をはらっ「シラユキ様に言いつけますわよ」ごめんなさい」
瞬時に真顔でスライディング土下座しながら謝罪してくる次代の国王。ぶっちゃけ公爵令嬢に第一王子が頭を下げるなんてあってはならないことなのですが、いつもの事なので壁際にいる侍女も執事も気にしていません。
ちなみにシラユキ様とはこのアレクシス殿下の婚約者ですわ。艶やかな黒髪と黒曜石のような瞳、雪のように白い肌とさくらんぼのような唇の絶世の美女なんですのよ。倭国という異国の皇女なのですが、以前お会いした時にとても仲良くなり今では文通友達なのですわ。こちらの言葉をちゃんと勉強なさってるので会話もできますが、たまに間違えたりカタコトになると頬を染めて恥ずかしがる姿がとても可愛らしい淑女ですわ。
このアレクシス殿下はシラユキ様の前ではデレデレになってしまうくらいべた惚れしていらっしゃいます。
「アレクシス殿下がこんないたいけな公爵令嬢を虐げようとしているなんて知ったらシラユキ様はなんと思うかしら……。確か倭国では子供を産み育てる女性を大切にされる文化でしたわよね。女性が心豊かにいられるからこそ健やかに子供が育ち、国が育つのだと教えられるのだと聞きましたわ。あぁ、それなのにアレクシス殿下は自分より身分が下の公爵令嬢にニヤニヤしながら嫌味を言うためにわざわざ学園を休ませてまで呼びつけるような暴挙を……。おかわいそうなシラユキ様、シラユキ様はこの男に騙されてると今すぐ教えて差し上げなくては――――」
「わかった！俺が悪かった！ほんの冗談のつもりだったんだ！幼なじみなんだから許してくれよ！「ずいぶん上からおっしゃるのね？」どうぞこの愚かな俺を踏みつけていいので許してください！」
さすがに淑女が殿下を踏みつけたりしませんわよ。そんな趣味はございませんわ。
「わかればよろしいのよ」
まったく、いくら次代の国王としての能力に優れていても人をからかうこの癖だけはどうしようもありませんわね。ちなみに幼なじみの私だからこそ不敬を問われずにいますが(プライベートですので)、これが他の方だったら反論するなどもってのほかと、とんでもないことになりますわ。こんな腹黒殿下に意地悪されたあげくに国外追放なんてたまったもんじゃありませんけれど。
ついでに言えば、もし本当に私がシラユキ様にアレクシス殿下の意地の悪さを告げ口してもそんな簡単に婚約破棄にはなりませんわ。この国と倭国の国交問題になりますし。なによりシラユキ様はアレクシス殿下を好いてらっしゃいますから。
ただ、もし本当にアレクシス殿下がシラユキ様を悲しませるようなことがあれば……全力で懲らしめて差し上げますけどね。それくらいシラユキ様は大切な友人ですのよ。え？不敬？友情の前にそんなもの関係なくてよ。……もちろんバレないようにやりますとも。
「それで？本題はなんですの？」
まさか本当にこんなくだらない事を言うために呼び出したなんて言わないで下さいませ。そしてさっさと顔をおあげなさい。いつまで土下座してるつもりですの？
「ん？あぁ、わかってるとは思うけど例の婚約破棄の事だ。父上がお前を説得してくれと泣きついてきたんだよ。俺とハルベルトは幼なじみだから説得に応じるんじゃないかとな。だが、ハルベルトがお前の方につくと断言したので俺に任されたわけだ。……それで、なにを企んでいるんだ？ハルベルトになにか頼んでいることはわかってるんだぞ」
「企むなんて人聞きの悪い……それに、説得もなにも婚約破棄したがってるのはオスカー殿下の方ですわよ」
やっとソファに座り直し本題を語るアレクシス殿下。茶番劇のせいで時間を無駄にしましたわ。しかし、国王陛下が婚約破棄の撤回を説得するように言ってくるなんて……やっぱりまだ婚約破棄できてないのですわね。一応、必要書類は全て記入してあるんですけれど。
「陛下は婚約破棄に反対なされてますのね」
「それはもう大反対だよ。セレーネを説得して考え直させろってうるさいのなんの」
お父様ったら、陛下に根負けしたのですわね。まぁ、あれから屋敷に帰ってこないからそんな予想はしておりましたわ。なので溜まってる領地の仕事はかわりに全部やっておきました。私はちゃんとフォローの出来る娘ですのよ。
「今までのオスカーの愚行は聞いたし、今回の浮気も確かに許せないだろうが、今までオスカーを見捨てずにいてくれたんだからもう１度チャンスを与えてやってくれないか。それに俺はあいつが本気で浮気したと思えないんだ。だってあいつは――――ひっ！」
あら、私の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼な方ですわね？私はいつも通り微笑んでいるだけですわよ。
ええ、いつも通りですわ……ちょっと目は笑っていないかもしれませんが。
「そうですわね、確かに私は今までオスカー殿下の愚行を許しておりました。どんなワガママも嫌味も聞き流し、我慢しておりましたわ。
でもご想像なさってください。顔を合わす度にくだらない理由で婚約破棄を宣言され続けてはすぐ撤回されるの繰り返しですのよ？私だって最初はちゃんと言いましたわ。婚約破棄とはそんな簡単に宣言していいものではありませんと。そんな馬鹿な発言をしているといつか足元をすくわれると……そしたらあの馬鹿は笑顔で『そうか！俺は馬鹿な子か！』とスキップしてましたのよ？！脳ミソ空っぽなのも大概にしてくださいませ！」
「えぇぇぇぇ……」
「それでも王命だし、幼なじみだし、私がしっかり見守らなければと使命感もありましたから私にケチをつけてくるのは我慢することにしましたわ。さすがに髪色と瞳の色を変えるのは無理でしたけれど、髪型もドレスのデザインもお茶の種類も、あの方のいちゃもんに出来る限り対応してきたつもりでしたのよ。それなのに、なんなんですかあの馬鹿は？！今度は浮気？！しかもその辺の金持ち男にすぐ声をかけると有名なあの男爵令嬢ですって！スタイルの素晴らしい男爵令嬢に楽しいことを教えてもらったなんて普通、婚約者に言います？！あんな馬鹿にこんなに馬鹿にされて、まだ我慢しろとおっしゃるなら戦争ですわ！」
ついでに言えば、あの馬鹿は「俺は女にいっぱいモテるからすごい男なんだぞ！」とその辺で自慢しまくってるそうですわ。
「それは……なんとも……」
アレクシス殿下が真っ青になって絶句してしまいました。少々興奮してしまいましたわ。はしたなかったですわね、申し訳ございません。
私は再びにっこりと微笑みました。アレクシス殿下の顔色がさらに悪くなりましたが知ったことではないですわ。
「いくら馬鹿な子ほど可愛いと言っても、限度がありますわ。もう限界なんです」
静まり返る部屋でゴクリと誰かが息を飲んだ音が響きます。侍女や執事たちの間にもピリピリとした空気が流れていますわね。
「な、なにを……そんなこと……」
「私はただ、私の邪魔をしないで欲しいだけですわ。私はもうオスカー殿下に愛想がつきました。だから、全てを終わらせたいだけですわ」
私は微笑みを浮かべたまま静かに唇を動かします。
「私、本気になったら怖いんですのよ？」
そのまま完璧な淑女の礼をし、立ち去りました。私の侍女のアンナだけは平然としてますが、アレクシス殿下の侍女と執事たちが倒れそうな顔をしてましたのであまり長居するのはかわいそうですものね。
「お嬢様、王太子殿下はお嬢様の味方について下さるのでしょうか？」
「今の感じだと、しばらくは中立の立場に徹するかもしれませんわね。まぁ、邪魔さえしないでいてくれたらいいわ。アンナ、例の件は進んでるかしら？」
「もちろん順調です」
淡々と告げるアンナの返答に私は満足気にうなずきました。
さぁ、早く帰って準備の続きをしなくてわね。
最初のコメントを投稿しよう！