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ご友人
「よぉ向井、久しぶり」
「本当だね、まぁ入ってよ。」
その日は向井様がご自宅に人を招かれておりました。お二人は晩酌をしながら高校時代の思い出話に花を咲かせているご様子。
意外だったのはいかにも文学青年然としている向井様が籠球を嗜まれていたことでした。
「お前まだそのリストバンド持ってるんだ。」
ご友人の方が本棚に目を向けられます。たしかに、私の横には"EIMEI high school"と達筆で刺繍された水色のバンドが飾られておりました。
向井様はフォトフレームを改造してこのディスプレイ作成されたようです。
「うん、なんだか捨てられなくてさ。」
向井様は少年のようなあどけない笑顔を浮かべておりました。
表情からさぞや楽しい高校生活だったことが伺えます。
その頃の向井様にも会いたかったな。この本棚にいる同士の中にはお会いした者もいるかもしれない------そう考えると羨ましく思えて参りました。
そんなとりとめのない思いを巡らせていた私はお二方の話題の変化に気付くのが遅れてしまいました。
「そうそう最近読んだんだけど、これ。久々に一気読みしちゃったよ。」持田も好きだと思うよ、と手渡しました。
向井様はご友人に私を薦めておられるようです。
「へー、見せてよ。」
持田様も裏のあらすじから目を通されております。
骨太でたくましい手をお持ちでした。スポーツマンらしい代謝を感じさせる熱量に包まれ、体全体が潤ったような気がいたしました。
概要を読み終えた持田様は作者紹介を閲読されております。
「これがデビュー作か。なぁちょっと貸してよ」
このご要望に向井様は、初めて顔をしかめられました。
「え…うーん。買って損はしないと思うけど」
視線を床に落とすも持田様をちらりと見上げられます。
持田様は顔の前で両の手を合わせると
「頼むよ。うちの妻最近小遣い減らしてきてキツいんだわ」
とおっしゃいました。
持田様のご事情に向井様は同情されたようでした。所帯持ちならば自由になるお金は自分より少ないだろうと推察されたのかもしれません。
「わかった、読んだら返して」
さすが俺の向井!と声を上げながら上着のポケットに私を差し込まれました。
今思えばこれが私の転機でございました。
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