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百舌は見ていた?
元衆議院議員我修院光彦は、4年前に政界を退いた。長年のストレスが祟ったのか、微熱と体調不良がしばらく続いた後、ドッと下血して救急搬送された。ステージ4、末期の大腸癌だった。患者の望む最期を送らせたいという、本人と家族の意向を汲み、自宅療養に入った――のだが、ここから政界を生き抜いてきたしぶとさが発揮された。余命1年の宣告を受けたものの小康状態が続いたまま、既に3年が過ぎていた。
「もう少し待てば、遠からず亡くなるものを……なぁ?」
部下の間泉から渡された被害者の経歴を眺めると、亀端警部は呆れたような声を上げた。不謹慎な感想にもかかわらず、間泉はへらへらと笑いながら、床の間の掛け軸を眺めている。
「やぁ、こりゃあバランスの悪い鳥ですねぇ」
亀端は怪訝な顔で振り向いた。部下が指す軸を見て、フンと鼻を鳴らす。
「宮本武蔵だな。複製だろ」
かの剣豪が描いたという「枯れ木に百舌」の図だ。本物はどこだかの美術館で所蔵されている筈だから、十中八九本物じゃあるまい。
「で、どこがバランス悪いんだ?」
早くも駆けつけた鑑識がパシャパシャやっているから、撮るに任せておく。
「だって、これ――身体の割に足が長いじゃないっスか」
「阿呆か。そりゃ、百舌が止まっている枯れ木だ」
「はぁ……枯れてるのに、良く折れないなぁ。丈夫な木なんスねえ」
コイツと話すと、何かを無駄遣いした気分になる。へぇ、ほぅ、と感心しきりの部下から離れると、亀端は再び手元の報告書に視線を落とす。
「この屋敷で、生きているのは10人か。1人ずつ聞き込んでいくしかねぇなぁ……あー、面倒くせぇ」
この警部も、大概である。
離れの外には規制を敷いて、容疑者に繋がる手掛かりを消さないよう保存している。見慣れた黄色いテープがバタバタと震えている。風が出て来た――天気予報の通り、今朝未明頃から降り出した雪に風が加われば、午後にはまとまった雪になる。路肩補強工事中で、片側交互通行だった山道は帰りも通れるだろうか。自分でハンドルを握る訳ではないけれど、雪道の運転は嫌だなぁ。
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