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胸の内を探れ
前島巡査は、容疑者達から得た情報を、冷や汗をかきながら読み上げている。その背後では、革張りのソファーにだらしなく身体を投げ出した亀端が、上品な白磁のカップを鷲掴みにして、ゴクゴクと喉をならしていた。
「……ということで、使用人の3人からは、当家の勤務について不満の声はありません」
『では、他に不満を持つ者が居るのですね?』
「はっ、はい! 流石であります!」
声を裏返し、前島は手帳に目を落とす。
「ま、まず、長男の光治ですが――」
光彦の地盤を引継ぎ、議員生活も順風満帆に見えたが、光治は悩んでいたという。
5年前、市内の全公立小中学校にタブレット対応授業が導入された。この時、使用教材の選定と承認に光彦の力が働いたという疑惑がある。事実、父の代から繋がりの深い地元の教育支援企業の子会社から、毎年のように多額の政治献金が贈られている。
根が真面目な光治は、疑惑を纏う金の受領を断ったが、そのことで光彦と一悶着あったらしい。今秋の選挙の前に、身辺を綺麗にしたかった光治が、思い切った手段に出たか、若しくは口論が再燃した弾みで――という線は大いに有り得る。
『この情報は、誰からです?』
「秘書の北条さんですね」
『北条は、光彦の代からの秘書でしょう? 件のリベートに、彼自身も関わっているのではありませんか』
「そこなんです」
ピシッと人差し指を1本立てると、前島はドヤ顔を見せた。
「どうやら、光彦と北条は、扱いにくい光治を切って、次の選挙には優志を立てようと画策していたようなんです」
『優志は在学中でしょう』
「ええ、ですが博士課程ですから、今年満25歳になります」
優志は、婚外子の三男ということもあり、これまで好きな道を歩んできた。中学生の頃に母方の祖父の影響で日本画に興味を示すと、高校時代に描いた風景画が知事賞を受賞した。類い希な才能が注目され、専属の画家に師事する。美大を推薦枠で入学した後は、齢20にして二科展に入賞し、メディアを賑わした。
日本画を極めるため、逆説的に海外へ見聞を求めた先人に倣い、優志も今夏の欧州留学を志望していた。
『白羽の矢が立てられたのは、寝耳に水でしょうな』
「はい、未だ揉めているようです」
『残るは、総司ですね』
「実は、彼も問題がありまして――」
ファストファッションの形態を取った「Gussyu」の業績は右肩上がりだった。ネットショップ限定のシークレットセールが毎回好評だし、アイドルグループを広告媒体に使った宣伝方法も話題性に富み、若者の心を掴んでいた。
ところが、彼の妻・彩夏が世界進出を目指して、高級志向の独自ブランドを立ち上げた2年前から翳りが見え始める。追い打ちをかけるように、昨年末、メインイメージに据えていた女優が、大物俳優との泥沼略奪不倫を週刊誌でスクープされ、薬物疑惑まで囁かれた。違約金を請求しているものの、ブランドが受けた打撃は多大で、今年度の大幅な赤字決算は免れない。
もし今、光彦の莫大な遺産が転がり込めば、損失補填に充てられる――。
『動機は、三者三様という訳ですか……』
上杉はティーカップを傾けると、思案顔で瞳を閉じた。
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