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闇から雪片
「ぐぅ……っ、……ぅじ……お、ま……ぇ――」
喉を搔きむしっていた両手がダラリと落ち、バタリと白眼を向いた身体が畳に突っ伏す。噴いた泡と涎が口と頰の付近に溜まり、事切れた際の弛緩により下腹部の辺りが濡れる。激しい抵抗の末に敷き布団は乱れ、掛け布団も足元付近まで捲られた挙げ句、ぐしゃりと歪に固まっている。枕に至っては、床の間の壁際まで飛ばされたままだ。
背後から締め上げていた人物は、動かなくなった男の首から紐状のものを外すと、無造作にポケットに押し込む。まだ息が上がっている。そりゃそうだ――こんなこと、そうそう経験することじゃない。額の汗を手の甲で拭うと、その人物は襖をスッと開け、素早く廊下に躍り出ようとした。しかし、左の爪先がランプのコードを引っ掛けてしまった。瞬時に暗闇の緞帳が降りる。後ろ手に襖を閉じると、冷えた空気に顔をしかめた。力を入れて正面の雨戸を開ける。糸のような明かりが一条差し込んできて、周囲が朧気に浮かぶ。家主の趣味で造園された和風の庭は、既に薄く雪化粧していた。
「予報じゃ、もっと遅い筈なのに……」
呟いた吐息が白い。シンシンと降ってくる雪片を見上げながら、憮然と縁側に立ち尽くした。
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