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私は生まれつき両足がない。けれども事故とは違い先天性のものであるためか、小学校に入学するまで特に気にも留めたことがないし、さほど不自由もしていなかった。
幸運なことに、小学校に入ってからもいじめや差別は特になかった。私はいい学校にいい先生、そしていいクラスメートに恵まれていた。就学に合わせて電動車いすでの生活を始めたのだが、私は障がい者としてはこの上なく配慮の行き届いた環境に身を置いていたのだった。
ただ、もちろん学校という集団生活を送るにあたって弊害が出てくることは避けられない。私はみんなと違って困難なことも不可能なこともある。けれどもそれらに直面するたびに、クラスの仲間たちは嫌な顔一つせず手助けをしてくれて、私は全て乗り越えることができていた。
しかしある時、私はついに違和感を覚えた。その時になって初めて、ようやく自分は特殊なのだと実感した。
私たちは授業で手の型を取った。それは成長の証として、絵の具を塗った手を画用紙に押し当てただけのものだったが、教室の後ろに全員分がズラッと並んで貼り出された。そこまでは何も問題はなかった。けれどもある日の休み時間、廊下から男子たちの会話が聞こえてきた。
「おい、隣のクラス、手と足の型を取ったらしいぞ」
彼の声は子供特有の大きな声だった。
「えぇ? 本当? なんで僕たちのクラスは手しか取らなかったの?」
「ほら……」
声の主は廊下から教室を覗くと私に指を指した。
そのクラスメートに悪気があったわけではない。しかしまだ幼少の、繊細な私が疑問を抱くには十分だった。
「僕にはなんで足がないの?」
私は卑屈だったわけではない。純粋な疑問から出た言葉だった。障がい者の子供を持つ親たちからすれば難問かもしれない。しかし私は両親にも恵まれていた。
「人間はね、みんな違うの。パパもママも、みーんな顔が違うでしょ? それはとってもいいことなの。だって、みんな同じ顔だったら見分けがつかないし、つまらないでしょ? 康太はそれが足だっただけ」
母は諭すような優しい声で私にそう告げた。クラスメートが全員私の顔だったらと想像して、私は笑った。
「康太はたしかにできないことがいっぱいあるかもしれない。でもクラスのみんなは優しいから手伝ってくれるでしょ? その優しさを大事に受け取りなさい。その代わり、康太にしかできないことが必ず出てくるから、その時は康太がみんなを助けてあげなさい」
母の言ってる意味が今一つ飲み込めていなかったが、断言的な口調に気圧されて私は頷かざるをえなかった。そんな私を見越してか、母はもう一言付け加えた。
「でも、康太がどうしても気になるのなら、足を買ってあげてもいいわよ」
母はニッコリと私に微笑んだ。母の言葉を噛み締めてから、私はゆっくりと呟いた。
「僕……、足がほしい」
「ほら、プレゼントだよ」
電動車いすを買ってからさほど経っていないのに、両親は誕生日プレゼントに義足を買ってくれた。
「足の型を取ろう」
クラスでは取らなかったが、私たちは家族で足の型を取った。
「ほら、これが康介の足あとだよ。パパと何も変わらないだろう? これからは足に、自分に誇りをもって、胸を張って生きていきなさい」
父も自分の息子を誇りに思っているかのように、胸を張ってそう言い切った。私は他にも欲しいものはたくさんあったが、その足と言葉が何よりも嬉しかった。
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