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「好き、です」
「なに? 聞こえない」
この兄弟は本当に意地悪だ。わたしは顔を上げた。
「わたしもワタルくんが好きです!」
そう言うと、ワタルくんは面食らった顔をして、ふい、と顔を背けた。口元に手を当てている。あれ、もしかして、照れてる……? 予想外の反応に、嬉しくなった。
「ワタルくん、こっち向いて?」
覗き込もうとすると、余計に顔を背けられた。なに、その反応。かわいい。
ねーねーワタルくん、なんて腕をつついていたら、能面に戻ったワタルくんがわたしの方を向いた。
「ワタルく……」
「キスしてもいい?」
今度はわたしが口元に手を当てる番だった。
「そ、そーゆーのは聞かないんだよ」
「そうなの? 初めてだから知らない」
しれっと分からないフリをして、わたしの答えを待っている。わたしは、涼を見た。
「涼が、見てるから」
「見せつけたいんだけど」
「!」
なんでそんな小っ恥ずかしいことを平気で言えるんだ。
口元に手を当てたまま固まっていると、その手を取ってじっと見つめられた。
ワタルくんの瞳に映るわたしが、大きくなる。
抵抗する理由は、なかった。
目を閉じると、唇に柔らかな感触が当たり、ゆっくり離れた。
目を開けると、紺色の傘の下で優しい目をしたワタルくんが、微笑んでいた。
「……ゆでだこ」
「もうっ! ほら、ご飯食べに行くよっ!」
「たこ焼き?」
「共喰いしないし!」
晴れ間が見えている同じ傘の下、わたしとワタルくんは離れないようにしっかりと手を繋いで、前を向いて歩き始めた。
END.
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