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あの日も雨が降っていた。
彼の卒業式が終わって2人並んで歩いていた。行く先は、別々の場所。
「涼……本当にアメリカ行っちゃうの?」
いつも1本の傘で、いわゆる相合い傘で帰っていた道を、その日はそれぞれの傘を差して歩いた。彼の肩が濡れることは、もうない。
「うん。叶えたい夢なんだ」
歩道橋の階段に差し掛かる。ここを上れば、もう会えなくなる。お互いに自然と歩く速度が落ちた。
パラパラ。自分が差している傘ーー紺色に小さな水玉模様がある傘に当たる雨の音が、こもって聞こえる。
階段を登りきり、歩道橋の真ん中まで来たところで、涼がわたしに向き直った。
「優花」
今まで幾度となく呼ばれた自分の名前だったが、一番優しい声だった。思わず泣きそうになる。
視線が交差し、世界に二人しかいないような感覚に陥る。あぁ、このまま時が止まればいいのに。
「…………」
「…………」
どれほど見つめ合っていただろうか。歩道橋の下を走る車が、小さくクラクションを鳴らした。
「優花」
再び名前を呼ばれ、胸が締め付けられた。どうしてこの人はこんなに優しく呼んでくれるんだろう。そう思うと次第に視界がぼやけ、頬に涙が零れ落ちた。
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