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笑って送り出すつもりで、泣くはずではなかった。しかし、一度流れたものは簡単に止められない。
「ごめっ……ちょっと待って……」
これでは涼が安心して旅立てない。止まれ、止まれ、止まれ。わたしは目を擦り、必死に溢れる涙を止めようとした。
「そんな擦らないで……」
涼が静かに手を伸ばし、わたしの左頬に触れる。彼の親指が、わたしの涙で濡れた。
「ありがとう。俺を想って泣いてくれて」
優しい声が鼓膜を震わす。わたしは力なく首を横に振った。
「さよならじゃ、ないよね?」
絞り出した声は震えてしまった。涼は優しい目でわたしを見る。頬に触れていた手がゆっくり離れた。
「来年の、七夕の夜に、またここで会おう」
「…………」
返事が、出来なかった。ここで頷いてしまえばもう会えなくなると思ったからだ。大粒の涙が頬を伝う。それではダメだ。ちゃんと答えないと。わたしは目元を乱暴に拭い、無理矢理笑顔を作った。
「待ってるから……!」
涼は目尻を下げ、微笑んだ。わたしの頭に手を置こうとして、宙を彷徨う。しかし、その手はわたしに触れることはなかった。
「……じゃあ、行ってきます」
さよならとは言わなかった。涼はわたしの横を通り過ぎ、登ってきた階段を降りていく。
傘を打つ雨の音が大きくなった。
あれから3年。
わたしは今でも、彼の帰りを待っている。
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