506

12/19

844人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
人間は欲張りだから、そんな大多数の中の一つには満足できない作りになっている。知っているから、永遠に目を逸らして暮らしていくはずだった。 「美里」 「なに」 あっさりと呼ばれて、焦点が合う。逆光の中にいるその男はじっと私を見つめていた。均整のとれた肉体を限界まで私に近づけて、私の名を呼ぶ。 いつもはそんな風に、呼んだりしないくせに。 みさと、と呼ばれるだけで体の何かが痺れた。それを欲情というのなら、私は今までの人生で、一度も性欲を感じていなかったことになる。そんなことに気付かせてほしくなかった。 「もう一生ヤらせてくれねえんだろ? だったら素直に気持ちよくなってよ」 「ひか……っ」 光、と呼ぼうとして、それすらも呑み込まれる。夜は優しく私と光を包んでくれる。包み隠して、私と彼の罪をあやふやにした。応えるように腕を回して、瞼を下ろす。 言葉はいらない。 いつだって、私と彼の間には、不都合しか転がっていないからだ。 「みさと」 「な、に」 「もうヤらないんだろ?」 「そ、だよ」 「今日だけ?」 「そ、う」 「終わったら全部忘れんの?」 「忘れ、る」 「じゃあ、言わせてよ」 言葉はいらないのに、どうして、この声に、乗せて、その耳に吹き込んでしまいたいと思うのだろう。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

844人が本棚に入れています
本棚に追加