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煙が唇から溢れて、空に伸びる。あっという間に消える。残るものは何もなくて、ただ鈍色の雲が夜空を醜く晒し出していた。 私はそれを横目で見ながら、いいよ、と口ずさんでいた。 脳が痺れる音がする。 飲みすぎたみたいだと思っていたのはつい少し前で、麻薬患者のように笑っている私たちは、善悪の判断を居酒屋に忘れてきた。 彼の指先。淡い熱がぬるりと私の頰を触る。それだけで無意識に呼吸を止めていた。 ああ、何を考えていたんだっけ。 「俺、本気で言ってんだけど」 本気と言う割に、どうでもよさそうに笑っている。私の頰に触れながら、反対の指には器用に煙草を構えていた。先端からは私のものと同じように煙が立ち上っている。 「酔ってるくせに?」 呟きながら、それはわたしもか、と自嘲した。相変わらず私の頰を撫でる指がぬるい。その温度に、私のアルコールに酔った頰が融解しそうだ。 「それはお前もじゃん」 またケラケラと笑うそいつに、私も同じように笑おうとした。真っ直ぐに絡まった視線がぼやけて、何も言えなくなった。いや、言えなかったんじゃなくて、言わなかったのかもしれない。 彼のフェイスラインが歪む。私の顔を固定するように触れる指先に少し笑いそうになった。
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