きみはあくまで

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信二と嫁の結婚式に参加した時、嫁の家族への言葉に号泣するアイツを見て、どんなおせっかいな男だよと思った記憶がある。 どこからどう見ても美人の嫁を貰って、本当に幸せな男だと囁かれているのを聞いた。それにふさわしいくらい、しあわせそうな顔だった。 憎らしいくらいに、幸福な瞬間だった。 まるで初めから愛情に満ち溢れた場で育ったような顔をして、当たり前に美しい嫁を貰って、可愛らしい娘にまで恵まれた。幸せな男だ。そうして、腹の中で何を考えているのかもわからない男に、毎度毎度、惚気を聞かせている。 フィルターまで迫った赤を一瞥して、灰皿に擦り付ける。そのまま、信二に返信を打とうとして、再度通知が鳴った。 “まだ、仕事終わらないの? 待ってるよ” 思わず笑いそうになった。待ってるよだなんて、そんなことを口走るのはこの世に一人しかいない。 なあ、忘れようなんてどうして言ったのだろう。 もうこれが最後だなんて、どの口が囁いたのだろう。忘れられるわけがない。何度でも俺の思考に焼き付いて、瞳にこびりついて、切っても切れない呪いで、繋げられているくせに。 今から行くよと返す気力はなかった。 まるで俺の帰宅を待つ配偶者のようだ。そのメッセージを何度でも網膜の奥に通う神経に記憶させようと試みている俺は、とっくに壊れている。
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