きみはあくまで

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「ひーちゃん」 「伊央……?」 あまいにおいがする。 子ども特有の熱を感じて振り返ると、想像通りの人間がいた。はるか遠くには、もう何度も思い浮かべていた女が立っている。 一度罪を犯した。 両親と信二サンだけでなく、この世に生きる、全てのものに公言してはならない秘密になった。それは甘美な響きを持って永遠に俺の胸中でのた打ち回る悪夢になった。忘れてほしいなんてよく言う、何度だって俺の前で笑って、その夢の中でさえも、消えてはくれないくせに。 「わすれものー」 「ああ、わるい……」 伊央の小さな両の手から零れ落ちそうなスマホを見て、自分が忘れて行ったらしいものに気が付いた。わざわざ走って追いかけてきたのだろう。昔、俺の忘れ物を届けに来ていた女もいつだって走って俺を追いかけてきていた。 指先に挟んでいた煙草を踏み消してから、小さな手にあまるほどのそれを受け取った。 自分の手には丁度良いくらいに収まるそれをポケットに差し入れる。伊央の手は、自分と同じ生物とは思えないくらいに小さくて折れそうだ。それが美里から出てきたのだと思うと、可笑しな気分だった。 「ひーちゃん、やっぱりかえっちゃうのー」 「ああ、帰る」 「いやだ、いおとおねんねしよー」 「伊央には信二さんがいるだろ」 「やだ、なんでひーちゃんといっしょじゃだめなの? ひーちゃんがパパだったらいいのに」
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