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急くように歩く彼の背に既視感を覚えた。昔もこうして引っ張られた記憶がある。
そのときの指先の意味は、今とは180度違うけれど。昔から、やつの手はぬるかった。
思考の波が揺らいで、ずいぶん昔まで飛ばされた。懐かしいことに笑う私を振り返った彼は、怪訝そうな顔で「何笑ってんの」と呟いていた。
「なんでも」
ヘラヘラするわたしにもう一度彼が皺を寄せる。能天気なやつ、と思われたのかもしれない。だって、多分彼は私以上に踏み外すことを恐れている。
「あのさ、俺本気だよ」
「何回同じこと言うの?」
本気だという彼は、目前に迫った建物をじっと見ている。ここ知ってるよ、コスプレの衣装が無料で借りれるとこ、とは言わなかった。そんなことを言ったらきっと機嫌を損ねる。
すでに気分を損ねたらしい彼が、ぎゅっと私の指先を握り直した。それが彼のご機嫌斜めサインだとわかっている私は、きっと罪を犯している。
私がへらりと笑うと、彼は言葉もなくまた私の手を引いた。鮮やかすぎるくらいあっさりと部屋を選ぶ姿に、さっき私が言わなかった言葉を言えば良かったと思う。慣れてんだねと言ったら、ますます顔を顰められた。
「俺のこと萎えさせようとしてんのか」
「むしろ昂ぶってたんだ」
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