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一足先に踏み入れた男が、私に囁きながら手を差し伸べてくる。なんて卑怯な男だろう。最後まで私に現実を教えてくれるなんて。
優しすぎて、残酷だ。
思いっきり自嘲して、その目を見た。誰よりも、その目を見た自信があるし、誰よりもその目に見られた自信がある。
「いいよ」
つぶやいたら、この先の人生で、もう一生しないことが始まる。
彼は私と同じ顔で笑った。
足を踏み入れようとして、その前に手を引かれる。バランスを崩した体はあっという間に彼の胸に落ちた。それをいとも簡単に受け入れた彼はちゃんと男だった。
もう何年も前から気づいていたけれど。
「お前、めっちゃやわらけーの」
マシュマロみたいだと笑われて、なんだそれ、と笑いかえした。
「そっちこそ、固い」
「え? まだそんなガン勃ちしてない」
「そっちじゃないし」
「知ってる」
はは、と笑ったくせに、指先は当たり前に私の体を弄る。言動と行動がアンバランスすぎて、眩暈がした。くっと押されて体がまたバランスを失う。
彼の前で、私に自分の体をコントロールする自由はなさそうだ。指先一本でも動かせる自信がなくなった。
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