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たまに生きているのがあやしく思える時がある。私が私でいることを見失う時がある。
そのとき、私は必ず1人の男のアンダーグラウンドな視線に射抜かれていた。いつも正しくいたいのに、その男はいくらでも私を正しくない方向へと導いていく。
まるで悪魔のような男だ。
「なに考えてんの? 余裕じゃん」
いつもあんただけを考えてるって言ったら、たぶん誤魔化されるのだろう。そういうのが得意なのは、歴代の彼女からよく聞いていた。
私はよく彼の色恋沙汰を聞かされている。だから知っているのだ。彼の初めての女も、どこにキスをされるのかも、どんな言葉をかけてもらえるのかも。
すべて、私が知るべきことではないのに知っていた。彼は本気にならないと言う。全ての女の子がそう言った。それならば、私にこうして触れる手も、本気ではないのだろう。
その方が色々と都合がいい。
「さあ。今日の夜ご飯かな」
「うわ、マジでお前それはないよ。ちなみに俺の予想は揚げ出し豆腐」
ああ、私もなんとなくそんな気がする、そう言ったら彼は喉で笑いながら私のブラウスに手を滑らせた。
「お前、ブルー系のスーツ好きだよな」
「そう?」
「いつも着てんじゃん」
「それ、そっくり同じ言葉で返すけど?」
「俺はいいよ、お前の真似なんだからさ」
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