奇妙な二人 1

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奇妙な二人 1

 彼の名前は賀野清人(かのきよと)。高校二年生の17歳。付いたあだ名は『聖人』。 「聖人おはよう!」クラスに入るなり、清人はこう言われる。  馬鹿にされているのでは? 普通の人はそう思うかもしれない。だがクラスの人は大真面目だ。それだけ清人=聖人というのは、クラスの共通認識として存在していた。 「おはよう」清人は短くそう言った。  中肉中背、一見するとどこにでも居るような少年だが、他の同級生と一線を画すのはその顔つきだった。 『男の顔は履歴書である』  ジャーナリスト・大宅壮一が言った名言であるが、清人の顔はまさに彼の性質を全て表していた。キリッとした目つきと口元をしていて、瞳の奥には知性が宿り、どこか神秘的な雰囲気があった。 『聖人』などという大仰なあだ名が付いたのも、あながち否定できない雰囲気が彼にはあった。  彼の温厚で物腰柔らかく静かな微笑をする姿にはファンも多く、とても綺麗な目をしていたがどこか心の奥底を見透かされるような清人の目は彼の神秘性を一層引き立てた。 「聞いたぞ清人、昨日また人助けをしたんだって?」  清人が席に着くなりすぐに声をかけたのは友人の徳井健次郎(とくいけんじろう)だった。短髪で日に焼けていて、見るからにスポーツマンといった感じの少年だ。 「別に人助けってほどでもないよ、傘が無くて困ってる人がいたから、自分の折り畳みの方を貸しただけ」 「知り合い?」 「いや」 「え、それ返ってこないだろ?」 「そうかな、まあそれなら仕方ない」  健次郎は「またか」という顔をした。清人と一緒にいるとこういうエピソードは事欠かなかった。  あまりに行き過ぎだと思ったので一回注意したこともあったが、結局は「まあ清人ならしょうがない」と諦めざるを得ない感じになった。  健次郎はとにかく、清人のこの美点は迂闊に干渉してはいけないという本能的な直感があったのだ。 「いや、昨日蘇我さんがその光景を見たって言ってたからさ」 「蘇我さんが?」清人は蘇我さんの席を見た。  そこにはこのクラスの学級委員・蘇我一花(そがいちか)の姿があった。三つ編みの黒髪で眼鏡をかけたいかにも真面目そうな雰囲気で、隣の友人と談笑をしていた。 「相変わらず凄い胸だよな」健次郎は小声で清人に囁いた。  健次郎はすぐさま「しまった」という表情をしたが、清人は彼女の席の方をただじっと見ていた。 「いや悪い、冗談だよ、冗談」 「え、何が?」 「さっき下ネタ言ったろ?」  ひょっとして聞いていなかったのでは? 墓穴を掘ってしまったのではないかと健次郎は思ったが、清人は特別表情を変えるわけでもなく 「別に下ネタは構わないよ。本人に直接聞こえないようにすれば」と率直に言った。 「正論過ぎて何も言えねえ!」  健次郎が渾身の北島康介のモノマネを行ったが、清人は黙って彼女の席に視線を戻した。 「ちょっと待てちょっと待て! 「古いよ!」とか一言ツッコミがあっても良いだろ!」  健次郎はうろたえたが、清人はただただじっと彼女の方を見ていた。あまりにもじっと見ているので 「え、お前蘇我さん狙ってんの?」健次郎は清人の耳元で囁いた。 「違うよ、春川さん今日は長袖なんだって思って」  清人が見ていたのは一花の友人、春川真子(はるかわまこ)の方だった。  春川真子は不思議な女性だった。少なくとも清人にはそう感じられた。  長い黒髪に大きな瞳と長いまつ毛、古風で品の良い美人として真子の存在は学校中に知れ渡っていた。容姿端麗で清楚なその姿は男女問わず感嘆の声が漏れるほどであったが、不思議と色恋の話は全くと言っていいほど聞かなかった。 (『高嶺の花』というのも大変なんだろうな)そう清人は思った。  事実、春川真子は『高嶺の花』という共通認識がクラスの、いや学校全体で存在していた。男はもちろん女性ですら気軽に話しかけられない雰囲気が真子にはあったし、告白など以ての外という感じであった。そのため真子が誰かと会話している姿は一花を除いてはほとんど見られなかった。 (果たしてそれが彼女にとって幸せなのだろうか)清人は他人事ながらそう考えた。 「お前春川さん狙ってんのか!」健次郎がまあまあ大きな声で言ったので、清人はうろたえた。 「声が大きいよ」 「いやごめん、ほらでも周りには聞こえなかったっぽいしさ」 「そういう問題じゃ…大体俺は別に春川さんを」 「いや良いんだよ! むしろ喜ばしいことだ!」清人の声に被せるように健次郎は言った。 「修道僧のような清人がとうとう恋愛をするようになるなんてなあ…俺は泣けてきたよ」 「いやだから」 「俺は応援するよ。正直な話、春川さんに釣り合うのは清人しかいないと俺は思ってる。春川さん、一部の人からは『天使』って呼ばれてるんだぜ。『天使と聖人』なんて最高の組み合わせじゃないか」  そう言われて、清人は勘違いを訂正する気が無くなってしまった。単純に健次郎がそこまで自分を評価してくれたのが嬉しかったのと、『天使』と呼ばれている件について少し興味を持ったからだった。 「『天使』ね…俺とは違う感想だな」清人は急に神妙な顔をしてそう言った。
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