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奇妙な二人 2
「どうゆうことだよ?」健次郎は怪訝そうな顔をして聞いた。
答えようとしたが清人は言葉に詰まった。上手く言葉にできないのだ。
ただ春川真子を純粋無垢なイメージとしての『天使』とは何故か到底思えなかった。
「おはよー! 二人ともご機嫌麗しゅう!」
清人が沈黙していると、静けさを打ち破るような大きな声でクラスに入ってきた男がいた。
彼の名は村岡善幸、180cm以上の大柄な身体をした眼鏡男子で、『明るい変人オタク』として知られていた。
「善幸おはよう」清人は内心ほっとした。
「てゆうか遅いぞお前」健次郎が突っかかった。
「いや~申し訳ない! 夜更かしして寝坊した!」
「また深夜アニメでも観てたんだろ、録画しとけば良いじゃねえか」
「リアルタイムで観る醍醐味というのがあるのだよ!」
健次郎が善幸に軽く肩パンし、三人は笑った。
三人はいつもこんな感じだった。聖人と野球部とオタクの組み合わせは、他の人からは「どこに共通点があるんだ?」という感想を与えたが、三人が仲良くなるのに共通点は要らなかった。
そうしたやり取りをしているうちに予鈴が鳴り、三人はそれぞれの席に着いた。結局春川真子の件についてはうやむやになってしまった。
授業中、清人はいつもより多く真子のことを眺めていた。
(何で俺はそんなに春川さんのことが引っ掛かったんだろう?)自問自答していても、答えは出なかった。
(そもそも何故春川さんばかり見ている? 考えている? これはひょっとして恋? いやそんなはずはない、俺は決めたじゃないか、俺を貫くのは博愛主義だ、個人への愛など考えてはいない、ましてや性欲など以ての外だ)
頭の中をぐるぐると言葉が駆け巡った。清人は結局、答えがはっきりしないまま今日の授業を終えた。
授業が終わり、帰り支度をしていると健次郎が話しかけてきた。
「一緒に帰ろうぜ!」
「あれ、部活はどうしたの?」
「日曜日大会だったからな、今日はお休みだってさ」
「そうか、珍しいね」
「じゃあ一緒に帰ろう」そう清人が言うと、即座に善幸が話しかけてきた。
「ちょっと待てちょっと待てお兄さん!」
「何で善幸といい健次郎といいチョイスが古いんだ」清人が珍しく意地悪そうな感じで言った。
「古いって何だよ!」「俺も一緒に!」二人の声がハモった。
清人はまたクスッと笑ったが、すぐに冷静になって尋ねた。
「善幸は新聞部の活動は今日は無いの?」
「もうすでに写真と記事の構想は決まっているからな、今日はお休みよ!」
「自由だなあ」健次郎は呆れた声で言った。
「じゃあせっかくだから三人で帰ろうか。三人で帰るなんて久しぶりだし」
こうして三人は校門を出ると、最寄りの茅ヶ崎駅まで歩き始めた。
清人達の学校は茅ヶ崎市内の私立のミッション系の学校で、大半は茅ヶ崎・藤沢から通っていたが、東は横浜から西は小田原まで生徒が通っていた。
(『聖人』や『天使』といったあだ名が定着したのも、そういった学校の風土が関係しているのだろうな)と、清人はさも他人事のように思った。
「そういや清人の方こそ今日はボランティアじゃなかったのか?」健次郎が口を開いた。
「いや、次のボランティアは水曜日だよ」
「また老人ホームで?」
「いや、今度は学童保育のお手伝いをすることになってる」
「ほほう、老人ホーム編の次は学童保育編、という訳ですな?」善幸が口を挟んだ。
「アニメじゃないんだから」清人は優しく言った。
「学童保育の現場もぜひ新聞部として取材させていただきたい! 学童の実態を赤裸々に暴露し、そこで辛酸を舐めつつもボランティアに勤しむ清人少年の努力と勝利をぜひ克明に記録していきたいのであります!」
「学童保育を何だと思ってんだよ」健次郎は冷静にツッコミを入れた。
「第一お前は清人に頼りすぎなんだよ」
実際そうであった。善幸は自ら作成した校内新聞でたびたび清人のことを記事にしていた。
記事の中で清人の校内での人助けや校外でのボランティア活動などを多く取材していて、清人=聖人という図式が定着したのは善幸がこうして記事にしてきた事実も大きかった。
「俺は別に全然構わないよ、学童に関してはその学校の許可も取らないといけないからまだ分からないけど、何かまた手伝えることがあったら言ってな」
「く~清人様の優しさが身にしみる! 今度また編集作業も手伝ってくれよな!」
「お前編集作業まで手伝ってもらってたのかよ……」流石に健次郎も呆れてしまった。
「おや? あの二人……」善幸が前を歩いている二人に気付いた。
「やや! あの二人は『天使』こと春川真子と、『真面目眼鏡巨乳』こと蘇我一花ではないか! これはチャンスですぞ二人とも!」
「いや『天使』は分かるけど『真面目眼鏡巨乳』・・・?」
「今俺が付けたあだ名だ!」
「そのままじゃねえか!」
健次郎がツッコミを入れるのとほぼ同時に、善幸は二人の方へ駆けて行った。清人と健次郎も慌てて追いかけていった。
「でもこれは確かにチャンスだぞ清人」健次郎は小声で言った。
(春川さんをもっと知りたい)
授業中に出せなかった答えが出せるかもしれないと、善幸を追いかけながら清人も考えていた。
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