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金曜日は、おそろしい。
冷たい布団の中で、じぃっと、日付が変わるのを待っている。
がちゃりと玄関から音がして、足裏を床にくっつけながら、ずるずると這ってくる者がある。私はぎゅうっと枕に顔を押しつけて、その者がそっと布団に入ってくるのを待っている。
シャワーを浴びる音が雨のように響いて、それから、髪を乾かす音。ずるい、ごまかしの音、そのあとに、ようやく寝室にやってくる。薄い布団をめくられて、ああ寒い。
「おかえり、なさい」
用意していた笑みをたたえても、こんな暗くちゃきっと、あなたには見えていないでしょう。暗闇の中で黒い影がゆうらりゆらりと揺れて、あなたは枕に頭を預け、ただいま、と、疲れた声で答えるのです。
「上司が、どうしても付き合えって」
「またですか。お付き合いも大変ですね」
「まぁ、金曜日だからなぁ」
用意されていた言い訳を、用意していた笑みで受けとめます。そうね。金曜日、ですもの。主人を待つ子犬のように、さみしさを前面に押し出して、あなたの胸にそっと頬を寄せてみます。
あなたはどうしたんだよ、と言いながら、子供をあやすかのようにぽんぽんと背中を軽く叩いて、そうしているうちに、こてん、と眠りについてしまいました。すぅすぅと能天気に寝息を立てるその穏やかな寝顔を、まだ愛しいと感じてしまう。己の愚かさに嫌気が差します。
ほら今日も、あなたの胸元からかすかに、花のような香り。誤魔化したつもりでも、シャワーで流しきれなかった女の香りが、私の体を包みます。
涙を流すこともばからしく思えて、何も言わずに目を閉じます。何にも告げることなどできないのです。こんな、身重では。
労わるように腹をさすって、あなたの隣で、夢の世界に逃げ込みます。
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