私が先生を忘れる日まで

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* 「岸川(きしかわ)さんが、好きです」  目の前で顔を真っ赤にしている男子生徒は、バスでよく見る男の子だ。たぶん、近くの高校に通っている子。わざわざ私の乗るバス停で待っていてくれたらしい。呼び止められた私は、彼に告白をされた。  私は無意識で、彼の左手に視線をやった。先生の細い手とは違い、ゴツゴツとした大きな手。この手を取れば私は幸せになれるのかもしれない。……でも。 「……ごめんなさい。好きな人がいるの」 * 「お前、北高の男子フったんだって?」 「……なんで知ってんの」 「うわさ」  先生は面白そうに口角を上げて言った。ああ……噂ね。それにしては随分と回るのが早い気がするけど、女子は歩く拡声機だから仕方ない。色恋沙汰なら尚更だ。 「なんでフったの? もったいない」 「知ってるくせに意地悪だ」 「はてさて何のことやら」  いつもの狭い化学準備室。知らん顔でプリントを見つめる先生に軽く(たて)()く。 「先生ってドエスだね」 「別にこんなん普通じゃね? 家ではもっとドエスだし」 「うわ、奥さんかわいそー」 「その倍優しくしてやってるから大丈夫ですぅ〜大切なのはバランスですぅ〜飴と鞭ですぅ〜」 「……ふーん。いいなぁ」  思わず出た呟きに、先生が一瞬申し訳なさそうな顔をした気がしたのは私の単なる希望だろうか。 「お前さぁ、俺のこと好きとか言ってると貴重な青春損するぞ?」 「うん。自分でもそう思う」 「だったらさっさと諦めろ」 「諦められるもんならとっくに諦めてるよ」  先生はプリントから目を離さない。 「先生なんて、好きだって言ってんのに普通に奥さんの自慢話してくるしこうやって諦めるように進めてくるし私の気持ちは一時的なものだとか言って否定してくるし愛妻家だしムカつくし、自分でもなんで諦められないのかわかんない」  先生は絶対に知らないだろう。今まで私が一人、どれだけ泣いてきているか。諦めきれずにいる恋心をどれだけ捨てたがっているのか。いっそのこと、もっと酷く扱ってくれればいいのに。  もしも先生と同い年に生まれていたら。奥さんより早く先生と出会っていたら。先生が結婚してなかったら。私に少しでも可能性は残されていたのだろうか……なんて。たらればなんて並べたらきりがない。  わかってる。本当は、全部ちゃんとわかってる。先生が私を好きになることは絶対にないってことは。先生が私のためを思って冷たく突き放してることは。頭で理解はしていても、気持ちがどうしてもついてきてくれない。 「それでも好きだって思っちゃうんだから、仕方ないじゃん」  先生は珍しく、私の気持ちを否定しなかった。
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