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一人でなにかを話している。いや、なにか――なにかが中にいる。もごもごと話す度、力のない瞳がぎょろぎょろと動いた。
今なら逃げられるんじゃないか。今しかない。今だから逃げられる。
走ろうとした途端、俺の腕が細長いものにがっしりと掴まれた。それは人のものではない。キチン質。あるいは、そう。まるで虫のような見たこともない腕だ。か細く短い悲鳴を出しつつ抵抗するが、かぎづめのような部分は振りほどけそうもないほど硬い。
その腕は竹中さんの腹を突き破って出ていた。傷口からは血液は出ず、代わりに白い液体が泡立ちながら流れている。
「あ。やや、やぶけだた……」
「やり、やりやややりなおし、やりなおじ」
「うぅん、なじむまで、また……どど、どっちがら? どっちからやる?」
それまでまったく分からなかった話の内容を理解した。理解してしまった。いやだ、いやだ。やめろやめろやめろやめろやめ――。
「ひ、ひひひ。ひとあし、おさき」
歪な肉塊から飛び出たそれは、俺の体に減り込み、そして。激しい痛みと共に内側から上って頭の奥まで来ると、突然花火が上がるような音が弾けた。
俺の軌跡が潰えた瞬間だった。
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