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明日も雨でしょうかというような間合いの言葉だった。全ての人間が知っている事実のように呟かれて、視線が木戸へと向かってしまう。
どうして見てはいけないと思ったのを、忘れてしまったのだろう。
「音楽活動してたでしょ」
決定的な音が鼓膜に触れた。この男は知っていた。わかっていた。
予感に似た悪夢が現実になった時、人は声も出ないらしい。呆けている私に、木戸は嬉しそうに笑っている。どうやら、想定通りだったことを心底喜んでいるようだった。
「絢ちゃんだよね」
「なんで」
いくつもの言葉が消滅した。残ったのは最もシンプルな問いかけだった。私の掠れたソプラノに、木戸がまた優しく目を細めた。愛おしくて仕方がないと表現しているように見えて、かき消している。
「好きな女の声くらい、聴き分けられるでしょ。俺、鼻利くんだ。絢ちゃんの大ファンだからすぐわかった」
自慢気な声だ。絶句してしまう。とんでもない告白を受けた。
真正面から言ってくる人間もそう多くはない。ましてやネット上で活動している人間なら。
あっという間に木戸のペースに流れている。雨音が聞こえない。さっきまで煩いくらいに叩きつけられていたくせに、心音が刻む高速のビートに思考がぐらぐらする。
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