12ページの物語

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 街が凍りつく冬の日。広場の小さな人だかりの中で大道芸を披露する仮面の男。  色とりどりの(まり)が宙を舞う。両の手で代わる代わる掴んでは放り投げる鞠は五つ六つ、いや七つかしら。  そして(しま)いに八つの鞠全てを器用に両手で掴み、少し(おど)けてお辞儀をしてみせるとぱらぱらと聞こえる拍手の音。  足元に逆さに置かれた山高帽へ硬貨や札を投げ入れる人もちらほらと見える。  彼がよく通る声と芝居かかった口調で見物客に語りかけた。一通りの拍手が止むのを待ってから。 「さあて、次の演目はどなたかに少しばかりお手伝いいただかないと成し遂げられません。この哀れな老いぼれ道化師の戯れに付き合ってくださる心優しい御仁は、いらっしゃいますかな。」  老いぼれと言うには声は若々しく動きもしゃんとしていると、その時の私は思ったわ。それにしても誰も手を上げない。食い入るように見ていたお客達も演目に参加するのは少し気恥ずかしかったみたい。  自称老道化師はこちらに向かって声を飛ばした。 「そこの白い服を着た可愛いお嬢ちゃん。如何かな。」  あろうことか彼は最も遠くで見ていた私を指名したの。   「行ってあげなさいよ、あのピエロのおじさん、困っちゃうわよ。」  傍で一緒に見ていた母に促され、私は渋々人だかりをかき分けて彼の元へ。 「お嬢ちゃんはいくつだい?」  「七歳」、とぎこちなく答えると、「皆様本日わたくしの相棒を務めますこの女の子に拍手を」、と彼は大仰に私を紹介し人見知りだった私は恥ずかしさに顔を赤らめた。 「じゃあいいかい。僕はこれからこの一輪車に乗るから、そしたら一つずつ鞠を投げ渡しておくれ。一つずつだよ。」  せーの、それっとばかりに彼が臙脂色の一輪車に飛び乗る。ところが、私が投げた一つ目の鞠は彼の頭上を越え人だかりの中に飛んで行き、見物していた若い女性が慌てて受け止めた。彼が車輪の上で外国の喜劇俳優さながらに大げさに肩をすくめ、見物客達がどっと笑うのが聞こえた。 「お嬢ちゃん、肩の力を抜いて。もう一回行くよ。」    言われた通り、今度は失敗しないようにそおっと投げ渡していく。そうして彼の手に渡っては宙を舞う色とりどりの鞠はまるで芸術のよう。 「さて、相棒を務めてくれたこのお嬢ちゃんには僕からささやかなプレゼントだ。」  彼はポケットから黄色いゴム風船を出して細長く膨らませると、それを器用に結わえてキリンのバルーンアートを作ってくれた。  弾むような心持ちで風船のキリンを受けとろうとしたその時。  手袋と袖口の間から見えた彼の肌がすっかりしわがれた老人のそれだったことに驚いた。  そして彼は仮面の下の口を動かしてさらに驚くことを言った。 「お誕生日おめでとう、ナナ。  七年の君はもっと上手に鞠を放ってくれたよ。それではまた会おう、この場所で。」
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