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2:鈴木美衣
2
美衣は大学生になり、塾講師のアルバイトをすることにした。
職場には同時期に入った栄子や先輩の椎菜がいた。ここでもぶりっこで通している。周りの2人がモテないことをかわいそうと思い、助け舟を出そうかと考える。
美衣は過去を思い起こしていた。
―――
美衣は誰からも必要とされていないボッチだった。
小学校は面白くなかった。静かに1人で椅子に座るだけの休み時間だった。それは彼女にとっっては小学校で6年目の変わらぬ出来事だった。
「鈴木さんも誘う?」
「嫌よ。面白くないもん」
「なんで学校に来ているのかなぁ?」
美衣は机の上でふさぎ込み、心の中で泣いた。中学になったら変わろうと考えた。こんな辛い学校生活は嫌だ。
美衣は中学校でも友達がいなかった。
急に変われるほども人は柔軟ではない。小学校で6年間変わらなかったものが、少し環境が変わっただけで変わるわけがない。相変わらず休み時間に椅子に座るだけで、机の上に塞ぎ込み心の中で泣くのみだった。
が、中二になり、新たにクラスが一緒になったぶりっこが美衣に話しかけてくれた。
「鈴木さんー、遊ぼうー」
「は、はい!」
美衣はどもった。学校で話すことがなかった美衣にとっては、どもることは仕方がない。
「そんなにおどかないでよー。クラスメートでしょー?」
「え? そ、そうですね」
むしろ美衣が驚いた。あいも変わらずどもる。しかし、長年付いたサビがとれないのは仕方がない。
「その反応、私のこと覚えてないねー」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよー。謝ることじゃないわー」
「ごめんなさい」
「また謝るー。鈴木さんって面白いねー」
「あはは……」
「わたしー、中村慈子っていうのよー」
慈子は猫なで声だった。それは本来は女子にとって寒イボがたつものだったが、美衣には暖かいモノに感じた。人は弱いもので、孤独なときに話しかけられたら悪人だと分かっていても親しくなりたいと錯覚するものだ。
美衣は慈子によりぶりっこの引き立て役をさせられた。
「鈴木さんの目、可愛い二重でしょ? 私は目が無駄に大きくて嫌よー」
「そんなことないですよ。中村さんも可愛い二重ですよ」
「中村さんって、胸が大きくていいのよ。私なんか、胸が小さくて嫌になっちゃう」
「いやー、スラっとスタイルが良くていいですよ」
「わたしー、鈴木と違って男性に頼らないとダメなのー」
「そういう女性もいいと思いますよ」
ダシに使われていることはわかったが、無視されるよりはよかった。美衣は慈子に必要とされていることが嬉しかった。たとえそれが悪用だったとしても、悪用も必要である。
美衣はぶりっこが苦手で警戒したが、意外と優しかった。このままいじめられてもいいというドМな思考を持つくらいだったが、予想に反していじめはなかった。むしろ、相手の方がイジメられっ子のように謝ってきた。
「ごめんね。嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。というか、どうしたの? そんなこと聞いて」
ぶりっこではなく普通に話す慈子に対して、美衣はどもることなく普通に話す。仲良くなった2人は演じることも緊張することもなくなったのだ。それは彼女たちの関係にとってはいいことだった。
「なんか、美衣をダシに使っているから、嫌かなぁーって思って」
「どうしてそんなこと自分から言うの?」
「あー、その言い方。やっぱり私が美衣のことをダシに使ってぶりっこしていることに気づいているー」
「そういうわけではないけど」
そういうわけだった。ダシに使っていることは最初からわかっていた。しかし、そのことを正直に吐露してきたことはわからなかった。
「いいの、隠さなくても。わざとしているから、美衣が周りから可愛そうだと思わせるために」
「どうして?」
「どうしてって、あなたが昔の私に似ているからよ。だから、見ていて助けたくなったのよ。そのためにはこの方法がいいと思ったのよ」
実は慈子はキャラで演じているだけで、いい人だった。これが初対面のときに感じた暖かさの正体だった。優しくてすごい役者である。
「似ているって?」
「私も美衣と同じように一人ぼっちで学校が嫌だったの。小五のときだったけど、そんな私をダシに使って、引き立て役にして自分を可愛く見せるぶりっこに会ったの。そうしたら、自分を必要としてくれるのがうれしかった」
慈子は自分の過去の恥部をさらけ出した。それは犬が自分のお腹を見せるように、心の中から仲良くなった印である。それはうれしくて笑顔があふれるものである。
「わたしもそう。うれしい」
「でも、途中から引き立て役が嫌になったの。初めは嬉しかったけど、あるときからは流石にね。その人とは中学になって縁が切れたけど」
「それはよかったね」
「そう、よかったの。でも、そのぶりっこに助けられたことは事実なの。だから私はいいぶりっこになろうと決めた」
「いいぶりっこ? 今みたいに? つまり?」
美衣は途中までは理解できたが、ぶりっこになろうという考えは理解できなかった。少しはいい思いをしたとしても、最終的に嫌になったのならやらないものである。どうしてそんな嫌なことをするのだろうか?
「ぶりっこだけれども、引き立て役を引き立てることを考えるの。私が悪目立ちして、引き立て役として相手をよく見せるの。あのぶりっこの悪いところを自分なりに改善したらそうなったの」
「……いろいろと考えているんだ」
反面教師という言葉が美衣の頭に浮かんだ。美衣はそこまで考えたことがなかったし、仮に考えても行動に移すつもりはなかった。だから、非難されることを覚悟で行動する慈子のことをすごいと思った。
美衣も同じになろうとした。
よく観察したら、ぶりっこキャラになったら男性から必要される。
女性からは嫌われるが、ボケとしていじられる場合もある。
美衣は「わたしがぶりっこになったら、ボッチじゃなくなるし、自分と同じように苦しんでいる人を助けることができる」と思った。
後日、ぶりっこの恩人である慈子に好きな人ができた。その慈子が好きな男子に美衣は告白された。それは事件だった。
「鈴木さん、時間いい?」
「なんですか?」
「俺、鈴木さんのことが好き。付き合って欲しい」
「え? どうして? 慈子のことがかわいいと言っていたのに」
「一応、表向きはそう言うけど、おれ、ぶりっこが嫌いなんだ。特に周りの人間を引き立て役に使うようなぶりっこは」
その人はぶりっこが嫌いだ。当然だが、嫌がられることがある。それは慈子にとっては計算通りだが、予想外の事態だ。
美衣は思わぬことに頭を悩まし、精神的なものから腹痛を催した。その時に、慈子の覚悟を思い出した。だから今度は美衣自身が犠牲としてぶりっこを演じることにした。
後日。
「慈子の目、可愛い一重でしょ? 私なんて目が無駄に大きくて嫌よー」
「美衣、何言っているの?」
美衣が急に自分の十八番を奪ってきたことに慈子は困惑した。美衣はずーっと近くで見てきたから慣れたものである。周りの人達もいつもと違う光景に慣れなくてザワザワした。
「慈子って、スラっとしてスタイルがいいのよ。私なんか、無駄に胸が大きくて嫌になっちゃう」
「美衣、本当にどうしたの?」
「わたしー、2人と違って男性に頼らないとダメなのー」
「キャラが違うわよ。なんなの? どうしたの?」
慈子は自分のキャラのぶりっこを忘れて美衣を心配するのみだ。慈子は声と手で制してくるが、美衣はそれを振りほどいてぶりっこを続ける。慣れないことをするので体が熱く震えるばかりだ。
ぶりっこのなり代わりが数日続けた。
「なんだ、本当は鈴木さんがぶりっこだったんだ」
「しかも、本当は中村さんが引き立て役をやらされていたらしいよ」
「えー、かわいそう。しかも、本当は中村さんって、優しい人らしいよ」
周りの人の評価は入れ替わった。美衣がぶりっこで慈子が引き立て役ということになった。人の評価は当てにならないと2人は思った。
「こんな簡単に騙されるなんて、人って馬鹿ね」
「そうだな。馬鹿だな」
二人は仲良く下校する。周りからなんと言われようと、どんなに評価が変わろうと、2人は互いの評価を変えずに仲良いままだった。女の友情。
「でも、美衣はこれでいいの?」
慈子はあいも変わらず優しい。今となっては周りの人からも優しい人扱いだった。根っからのいい人なのである。
「いいのいいの。私は慈子に憧れていたから、同じようになれてうれしい」
「そうじゃなくて、彼のこと」
明るく手を振りながら気にしない素振りをしている美衣に対して、慈子は声を落とした。男を巡って女の友情にヒビが入るのはたまにあることだ。それを危惧することもあったが、単純に美衣のことを心配しているところが強い。
「それこそいいの。私、あんまり興味なかったから。それは本当」
「でも、私に気を使ったんじゃないの?」
「気は使ったのは事実だ。しかし、彼に興味がなかったのも事実。まぁ、付きまとわれるよりは嫌われたほうがいいかな」
「ごめんね」
「いいえ」
互いに少し言葉を失った。変な空気になったわけではないが、この話題はこれ以上続けても広がらない。風により髪の毛が口の中に入った美衣は髪の毛をかき分けると、隣でも同じことをしている慈子と互いに目が合って、思わずケラケラ笑いあった。
「でも、大変よ、ぶりっこを続けることは。私も限界だったわ」
慈子は手で口を抑えて忍び笑いを続けていた。重しが風に飛ばされたように、どこか吹っ切れたようなものがあった。その重しは今は美衣の上にある。
「大変なのはわかっているよ。ずーっと近くで見ていたんだから。親友として」
「まったく。とんだぶりっこね」
「それよりも、そろそろ彼氏と会う時間じゃないの?」
「あっ、本当だ。行ってきます」
駆けていく慈子が小さくなるまで見送る美衣だった。
慈子は美衣に告白した男子とデートしていた。
それを見て、美衣は微笑んだ。恩人が報われたことを嬉しく思ったのだ。
本当なら自分に告白してきた男子に対して少しは意識をすることがありそうだが、美衣は全くなかった。美衣にとっては命の恩人といえる慈子のことしか考えていなかった。だから、男子に対しては何も思わなかった。
が、慈子に対しては思うところがあった。百合とまではいかないが、それに近しい好意を持っていたのだ。もしかしたら男子に対して何も思わなかった理由がそれかもしれない。
そういう意味では涙した。自分の命の恩人が奪われたことに喪失感を思えた。しかし、恩人が喜ぶことに嬉しいのも事実だ。
ぶりっこを続けることは大切だ、という慈子の言葉を思い返した。美衣はその言葉をこの時初めて重く感じた。しかし、心を鉄にした。
それ以降もぶりっこを続ける。
―――
現代になっても美衣はぶりっこを演じることを続ける。立場が人を作るというが、ぶりっこが癖で抜けなくなった。生粋のぶりっこになった。
そんなぶりっこ美衣は大学生になり塾講師のアルバイトをすることになった。その職場には男日照りの女性たちがいた。男日照りだと気づいて男性を求めるのならまだいいが、それすら思考から落ちている干上がった2人に思われた。
可愛そうだと思い、合コンで自己犠牲することにした。
「佐藤先生の目、可愛い一重でしょ? 私なんて目が無駄に大きくて嫌よー」
「そんなことないですよ。鈴木先生も可愛い二重ですよ」
「鈴木先生って、スラっとしてスタイルがいいのよ。私なんか、無駄に胸が大きくて嫌になっちゃう」
「いやー、胸が大きい人もいいですよ」
「わたしー、2人と違って男性に頼らないとダメなのー」
「そういう女性もいいと思いますよ」
さて、自分は悪いぶりっことして佐藤先生と鈴木先生の2人を引き立てることに成功しているのだろうか? 美衣はそう思った。今まではこの方法でうまいこと自分が嫌われ、周りの女性がモテたものである。
美衣はトイレに行くフリをしてその場を去った。そして、遠くから様子を見ていた。
「引き立て役大変ですね」
「ぶりっこ、というものですか?」
「申し訳ないですけど、そういう人は苦手です」
遠くから男性陣のそういう言葉を聞いて、美衣はガッツポーズした。周りが自分の予想通りに、自分の手のひらで転がっていることに快感を覚えていた。その手腕はもはや職人の域に達していた。
「よし、引き立て役は成功。あとは2人が誰かと付き合えたらオーケー」
美衣は知らぬふりをして戻る。自分のことを影で罵詈雑言している渦中に入っていった、火中に栗を拾うように。陰口を言われることも快感に感じて、それが癖となり目的になっているくらいだった。
後日、職場に着いたときのこと。
「どうしよう、山田さんからラインが来た」
「実は私も、田中先生と付き合うことになったのよ」
成功した。美衣は影でガッツポーズした。作戦通り。
後は知らぬふりしてうざいぶりっことして近づくだけだ。周りからはただのぶりっことして下の見られることが美徳であった。今まで美衣の本当の目的はバレたことがなかったし、おそらくこれからも……
後日、いつもどおり暮らしていると、ある人から連絡が来た。
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