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3:木村椎菜
3
木村椎菜は大学を出てからも塾講師をしていた。
いくつか兼業しているが、そのうちのある1つの塾に新しい女性の講師がきた。
栄子と美衣の2人は椎菜から見たら可愛いものでした。片方は真面目そうで、もう片方はぶりっこそうだった。その2人は仲良く出来そうに見えなかった。
しかし、そんなものは子供の遊びまたはキャットファイトだ。椎菜は内心そう思った。特にギスギスしたものには感じられなかった。
椎菜は自分も昔はこんなかわいいものだったのかと思い、自分の過去に思いを馳せた。
―――
椎菜は清楚ビッチの人生を送っていた。
小学校からボッチであり、静かに生活していたら、周りが勝手に清楚と勘違いした。人とは他人を表面だけ見てステレオタイプに押し込めるものである。それによって、太っている人は豚、髪の薄い人はハゲタカ、ごつい人はゴリラ、そう言うことがあり小学生はなおさらその傾向が強かった。
「木村さん、きれいだな」
「いつも一人でいるけど、高嶺の花ってやつか?」
「お前、なんの影響でその言葉を覚えたんだよ! でも、本当に高嶺の花だなぁ」
影から良いふうに言われた。陰口と言われたら普通は悪口が流れる印象だが、椎菜の場合はいい評価が流れた。本人がいないところで流れるいい評判とは、媚を売るとは違う本当にいい評価なのでうれしいものである。
椎菜はボッチだから他にすることがなくて勉強していたら、優等生だと勝手に勘違いされたのである。しかし、こうなるとプラスの評価ばかりではなく、やっかみや妬みで悪く言う人も出てくるのが世の常である。特に男性から評価がいいと、女性が同性を嫉妬で悪態をつくものである。
「木村さん、また授業中に勉強しているよ」
「私たちもあれくらい勉強しないと賢くならないんだね」
「綺麗で勉強もできるなんてすごいなぁ」
女子からも良いふうに言われた。ボッチだけれども嫌われたわけではない。女子の中にいくつかのいやらしい派閥があり、そのどの派閥にも所属していない永世中立な立場として、ある意味好かれていた。
そもそも優等生でクラス委員を任されるような人だった。ボッチであっても嫌われた人がなる役職ではない。影の言葉による評価ではなく、日に当たるところで評価されていた。
優等生で女子から一目置かれ、清楚で男子からモテた。
学校の人気のない廊下。
「木村さん、俺と付き合ってください」
「いいんですよ。私で良かったら」
「俺でいいんですか? モテるでしょ?」
「逆にモテないんですよ。周りが敬遠しちゃって」
「そういうものなんですか?」
「だから、話しかけてもらってうれしい」
そうは言うが、椎菜は男性に困ったことがない。こういう告白は日常茶飯事だ。その度にうれしいし、きちんと付き合う。
椎菜は客観的に見て綺麗だからモテるし、告白を断ったことがない。ただ、主観的に本人は嘘をついているつもりはない。愛想が良ければもっとモテたという自負があり、事実敬遠している人は多かった。
ある日の学校帰り。
「椎菜さん、明日もデートしよう」
「ごめんなさい、明日は用事があるの」
「いっつもそう言うけど、なんの用事? 月曜日しかデートできないじゃないか」
「家族との時間とかお稽古事とか勉強とか、いろいろよ」
「本当? でも、椎菜さんなら本当かな。ごめんね」
「いいえ。私こそごめんね」
椎菜は7股をしていた。曜日ごとに相手が違う。どうして7股かというと、それ以上は負担がかかるからだ。
彼女にとって1日1人の彼氏が相手として限界だった。それ以上だと心身ともに限界だった。時間と体力と精神は有限だということを、小学生の段階で悟っていた。
その日の自宅。
「椎菜、今日は彼氏はどうした?」
「さっきまで一緒だったわ。あなたのことはバレていないと思うわ」
「彼氏たちとはプラトニックな関係を築いているのか。とんだ女豹ね」
「嘘は言っていないわ。用事があると言っているわ」
「便利な言葉だな。用事には違いない」
「ちなみは、明日は用事があるから無理よ。
さらにセフレもいた。ベッドで男子と裸になっていた。それも日課だった。
上手に男子たちを捌いていたが、それでも限界が来ていた。男子の中では、椎菜が男子に対して積極的だという噂が流れていた。それでも構わないという人たちが、次の彼氏待ち、セフレ待ちの予約していた
女子の間にもその噂が流れていた。
「なんか、木村さんが男性といろいろしているらしいよ」
「その噂、私も聞いた。人は見かけによらないんだね」
「えぐいよねー。大人しい顔してやるときはやるんだ」
トイレの洗面台の前・教室のドアの影・学校内外・いろいろなところで椎菜の影口がインフルエンザのように蔓延していた。ワクチン接種をされなければ収束することがなさそうだ。といっても、ワクチンは重症化を防ぐだけで疾患を防ぐわけではない。
こういう噂は45日経たないと収まらないと言われている。しかし、1日足らずに収束した。あの優等生がそんなことをするわけがないと信じられていなかった。
「でも、木村さんのことが嫌いな人が流したデマでしょ?」
「やっぱりそうだよねー。あの木村さんが男性にだらしない訳ないないよね」
「女のジェラシーって醜いよねー」
そういう声が多数だった。奇妙なくらい女のジェラシーがなかった。男子だけならともかく、女子までそういう評価なのは奇妙だ。
そこまで椎菜は女子からも評価が高かったということだ。それは彼女の人徳であり、男をたらし込む女子には無理なことだ。人として出来が違う。
ある日。
「木村さんが女性同士にも興味があってくれて良かったわ」
「いろいろな世界があって楽しいわ」
「百合を理解できたのなら、次はボーイズラブを体験するのはどう?」
「私に性転換しろと?」
「冗談よ。木村さんが男性になったら、私が困るわ」
「もう、可愛い子ね」
実際は女子もタラシこんでいた。その影響もあって、女子も味方につけていた。百合営業というものに含まれる……のか?
男子だけをたらしこんでいる女子と違い、女子もたらし込むので敵はいない。そういうところは抜かりなく、上手だった。ただの清楚系ビッチとは出来が違う。
男性も女性もともにたらしこんでいる生粋の人たらしだった。
―――
現代、椎菜はいまだに清楚ビッチを続ける。
本人は清楚ビッチのつもりはなく、それが普通だと思っていた。美衣がぶりっこを演じているのとは違い、もとからそういう本性だった。それが日常生活で支障をきたす場合は考え改めるかもしれないが、滞りなく生活を送ることができたので気に留めたことはない。
職場の1つに生粋の普通の人と演技のぶりっこがいた。椎菜は美衣が演じていることに気づいていない。そもそも本性なまま生きてきた椎菜には演じるという概念がなかった。
どちらも自分より経験がないと内心見下していた。しかし、それは普通のことであり、見下すという概念ですらなかった。人間がペットの犬を愛でるのと感覚が似ている。
合コンに誘われたとき、いつもどおり清楚でいた。合コンというお遊戯に参加するのもたまには一興だと微笑んだ。ベッドの上でも本番よりその前の遊戯の方が大切だと、椎菜は経験から答えを導いた。。
「佐藤先生の目、可愛い一重でしょ? 私なんて目が無駄に大きくて嫌よー」
「そんなことないですよ。鈴木先生も可愛い二重ですよ」
「鈴木先生って、スラっとしてスタイルがいいのよ。私なんか、無駄に胸が大きくて嫌になっちゃう」
「いやー、胸が大きい人もいいですよ」
「わたしー、2人と違って男性に頼らないとダメなのー」
「そういう女性もいいと思いますよ」
椎菜は美衣に対して、つまらなさを感じていた。そこらによくいるぶりっこだと思った。もっと凄いぶりっこだとかほかの人と違う何かしらの面白さを期待していたのに、裏切られた気分だ。
栄子と目があって頷かれたが、向こうは以心伝心できている雰囲気だったが、何を考えているのかわからなかった。おそらく、ぶりっこの美衣に対する嫌な思いを共有できていると思ったのだろう。しかし、椎菜は違うことを、期待はずれを考えていた。
しかし、椎菜にとってそれは通勤電車から見える風景のようにな日常風景だった。たまには遠くに非日常を求めに行くことも考える出来事だ。しかし、椎菜はそういう退屈なことに慣れきっており、長年使っている人形のように親しみを感じていたので、抜け出そうとは思わなかった。そういうつまらない退屈もわびさびがあって通なものである。
「ちょっとお花摘んできますー」
「引き立て役大変ですね」
「ぶりっこ、というものですか?」
「申し訳ないですけど、そういう人は苦手です」
栄子は理解されたことを驚き喜んでいるようだった。椎菜にとってそれは子供のように微笑ましかった。そういうほんわかしたものを見られただけでも合コンに来た甲斐があったものだったので満足した。
男性陣は、ぶりっこを見抜いてやったと言わんがばかりのドヤ顔だった。椎菜にとってそれは滑稽だった。男性はいつまで経ってもお土産で小さな剣のおもちゃを買ってドヤ顔をするような存在のままだと安心した。
ぶりっこはそのことに気づいていない裸の王様状態だった。椎菜にとってそれは普通のことだった。周りが皆自分のことを聞いてくれないと嫌だというわがままに育ったお嬢だと普通に思った。
周りは全員各下でかわいいお遊戯だと思った。普通ならそういう幼稚な場所は嫌だが、椎菜は特に嫌だとは思わなかった。そういうものだと達観しながら、面白みのないところに面白みを見出すのが楽しいのだ。
ただそのなかで1人だけ、英介だけはただならぬ雰囲気を感じた。それはどこか排水管に詰まったネズミの死骸のようなきな臭さを感じるものだった。椎菜は少し鼻を摘みながら業者が清掃作業をするのを見たい気分だった。
後日、英介から連絡がきた。
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