4:山田大輔

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4:山田大輔

4 『山田大輔』  そう書かれている名札が貼られるレターボックスに大輔は手を伸ばした。仕事先に来たらまずそこで出勤表などを確認するのだ。仕事先といってもアルバイトだ。  大輔は大学に入り、アルバイトをすることにした。 「山田先生、最近面白いユーチューバー発見したんですけど」 「どんな人ですか?」  大輔は坊主頭の男性に話しかけられた。仕事が始まる前の雑談だ。大輔はその時間が苦手だが、仕事だからと我慢した。 「なんか、アニメのキャラクターなんですけど、ゲーム実況していたんですよ」 「Vチューバーですかね。最近はそういうのが人気らしいですよ。あと、ゲーム実況は飽和状態だから似たり寄ったりですけど、何か目新しいのですか?」  世の中ではテレビ離れが進みネット視聴が当然になって久しい。また、漫画・アニメが子供の見るものだという雰囲気から大人でも見るものになっていた。その2つがハイブリッド化したのがVチューバーという印象だ。 「なんか、ゲーム実況やめて陰謀論やりはじめていたよ」 「陰謀論って何ですか!?」  この場合の「何ですか」とは、漫才におけるツッコミみたいなニュアンスだった。しかし、聞いた英介は普通の意味で聞かれていると勘違いして説明を始める。それは本気で間違っているのかボケでわざと間違えているのかは大輔には判断できなかった。 「宇宙人がいるだとか、誰かが世界を影から操っているだとか、何かしらの陰謀があると論じるトンデモ動画です」 「なんか、すごいですね」  大輔はとりあえず話を合わせる。その横には坊ちゃん刈りの男性講師が静かに座っていた。一言も会話に入ってこないし、目も合わせない。 山田大輔は普通の大人しい人、と周りから思われていた。そして、特出した出来事はない。タダの大人しい男性だから仕方がない。 話相手の田中英介は先輩で頼りになる人だ。大輔はわからないことがあったらとりあえず英介に訊くことにしている。英介が失敗して塾長から怒られていたとき仲裁に入り、なぜか一瞬でその場を収めていた。 そんな2人の横で無口にいる中山風太はよくわからないインキャラだ。同じく新人として入った風太に対して、少なくとも大輔にはそう見えた。大輔からしたらどう話しかけたらいいのかわからない困った人だ。 しかし、英介は風太に気兼ねなく話しかける。風太は静かに頷くだけで、会話は弾んでいるようには見えなかった。英介はすごいし頼りになるなと思った。 「山田先生と中山先生は彼女いるんですか?」  英介は業務連絡がてら日常会話を爽やか笑顔でする。大輔は彼女がいたことがないからそういう会話は苦手であった。どうしても下に見られるように錯覚してしまう。                                      「いませんけど、どうしてですか?」  大輔はその返答が精一杯だった。さっさと別の会話に移したいが、不自然だから訊いた理由を尋ねたが、本当は嫌だった。変に体面を気にする自分も嫌だった。 「どれくらいいないのですか?」  その質問が来るのは当然だった。大輔は見栄を張るために嘘をつくことも頭の片隅に思いついた。しかし、騙し通す自信もないのですぐに諦めた。 「……19年です」  大輔は自分に苦笑した。19年間何をしてきたのだろう、と。20には生涯の伴侶と付き合っているだろうと小学生のときに思っていたが、絵空事になりそうだ。 「あー、なるほど」  英介は何かを理解したように口を開けた。大輔からしたら女性との付き合いのないことを見下されていると見えます。英介は悪い人ではないのだけど、と自分に言い聞かせます。 「いま、馬鹿にしました?」  大輔はバレない範囲で顔をしかめた。怒ってはないが苦笑した。それを英介は察知した。 「馬鹿にしていません。めちゃくちゃ馬鹿にしたんです」  英介さんはボケっぽく言った。「めちゃくちゃ」と強調することによって、冗談になるのだ。それでも勘違いされないように、発言終わりに笑う技術も見せた。 「ははっ、そんな茶目っ気がある言い方で誤魔化さないでください」  大輔はそのボケにツッコムような感じで会話を和ませる方向に乗った。こんなことでいちいち空気を悪化させるのは良くないという常識は持っていた。それは英介が求めていた対応だった。 「それで、合コンあるんですけど、どうします? 行きます? やめます?」  空気が和やかになったところで、英介は本題を提示してきた。この場合の誘いは、来いという命令に近いもので、断るのはあまりよくない。しかし、合コン経験がない大輔は、物を送るときに「つまらないものですが」と前置きをする日本人の習慣のように、一応は遠慮がちに言うことにした。 「僕、合コンに行ったことがないんですけど、大丈夫でしょうか?」 「大丈夫ですよ。俺がなんとかするから。それで、どうします?」 「では、行きます」  二回目の誘いは即決した。そこで断る事や悩むことは空気が読めなくイタイ人間判定される。合コンに行くことに二度足を踏んでいた大輔だが、1つ目の誘いの時点で意識の底で覚悟はしていた。 「よし。では山田先生と中山先生と俺の3人で決まりですね」 「え? 中山先生は何も言っていないですが……」 「大丈夫ですよ。中山先生は来ると言っていますよ、心の中で」  無理やりだなぁと思ったが、こういう積極的な人がたくましくてすごい人なのかなぁと思った。風太は自分が消極的だから、自分にないものを憧れる大輔ではあった。それを少しでも勉強しようと合コンに行く理由の1つに挙げていた。 風太は全く反応なく、本当に来るのか疑問だった。そもそも、声を聞いたことがない。授業中に生徒に何を話しているのか疑問だった。 合コン。 本当に風太も来ていた。当たり前だが、英介も来ていた。 大輔は相手の女性陣を皆かわいいと思った。特に美衣が可愛いと思った。それだけでも来てよかったと思った。 「佐藤先生の目、可愛い一重でしょ? 私なんて目が無駄に大きくて嫌よー」 「そんなことないですよ。鈴木先生も可愛い二重ですよ」 「鈴木先生って、スラっとしてスタイルがいいのよ。私なんか、無駄に胸が大きくて嫌になっちゃう」 「いやー、胸が大きい人もいいですよ」 「わたしー、2人と違って男性に頼らないとダメなのー」 「そういう女性もいいと思いますよ」  美衣がほかの2人も話題に入れながら話していることに好感を持った。自分のことしか話さない人ではなく、周りにも気配りができる人だと思った。見た目だけでなく中身もいいという評価になった。  何よりも、ほかの2人よりも可愛いと思った。ほかの2人も可愛いのだが、なぜか美衣には勝てないと思った。単純に美衣が一番可愛いだけだろうと深くは考えなかった。 「ちょっとお花摘んできますー」  わざわざ言い方が可愛い。「トイレに行く」ではなく「お花を摘む」という表現をする人が今の時代にいるものなのか? 美衣がいなくなるのを目で追いかけていると…… 「引き立て役大変ですね」  英介さんが美衣に聞こえないように小声だった。大輔は言葉の意味を理解できなかった。引き立て役って、何の話? 「ぶりっこ、というものですか?」  風太も続いた。風太が喋った。初めて声を聞いた気がした。 大輔は驚きながらも、ここで英介の言葉の意味を理解した。ぶりっこをしている美衣が栄子と椎菜を引き立て役として使ったのだ。そして大輔は、周りに合わせた言葉を言った。 「申し訳ないですけど、そういう人は苦手です」  それが精一杯の言葉だった。同僚が美衣をぶりっこだと非難する。それに気付かずに遅れを取った大輔の精一杯の言葉だった。 悪口で暖かくなった5人のもとに戻ってきた美衣を大輔は冷めた目で見た。どうしてこんな人がかわいいと思ったのだろう。けったくそ悪い。 冷静に見ると、たしかにほか2人をダシにして自分をよく見せようと躍起になっている。ほか2人を事実上は腐している。だからだろうか、先程まで美衣が一番綺麗に見えて、ほかの2人がそこまで綺麗に見えなかったのは? 一種のミスリーディング・誘導尋問・心理的錯覚。知らず知らずのうちに美衣の手の上で転がされていた。転がりすぎて手のひらから転げ落ち、興味の視界から転げ落ちる。 栄子と椎菜に興味を移した。美衣がすごく醜く感じた分、際立って可愛く見えた。これも一種のミスリーディング。 そして大輔はたまたま栄子と気があった……気がした。自分に似た真面目な雰囲気を感じたのだ。大輔は栄子を見ると少し股間が硬くなる。 後日、栄子に連絡した。 が、その前に英介に相談した。こういうことは経験豊富な人に相談したほうがいいし、向こうから話しかけてくれたから話しやすかったのだ。 「山田先生、この前の合コンはどうでした?」  のんきにニヤニヤしながら近づいてくる英介。大輔は家を出る前から話すことを決めていたが、新ためて言うことを実行するとなると、睨むだけ睨んで口は入れ歯が取れたようにモゴモゴさせるだけだ。それを見て英介は不審な目をした。 「……山田先生、どうしたんですか?」 「――僕、佐藤さんが気になるんですけど……」  溜め込んだホコリが出たように、大輔の心はすっきりした。そして、すぐにわなわなと震え始めた。ついに自分の恥部をさらけ出してしまったのだ。 「いいじゃないですか。じゃあ、連絡したら?」  英介は特になんとも思っていない風だった。その軽い返答に大輔は肩透かしをくらったように首から上が前によろめいた。空気に違いを感じた。 「でも……」 「連絡先を交換していないのですか?」  大輔が言い逃れをしきる前に英介が助言をした。みんなで連絡交換をしていたことをわかった上での、逃げ場をなくす発言だ。大輔は野球の満塁時のバッターのように、チャンスのはずなのにピンチのように顔面蒼白に息が上がっていた。 「……しているんですけど」 「じゃあ、早く連絡したほうがいいですよ。思い立ったら吉日です」 「わかりました」  僕はその日の夜に連絡した。 付き合うことになった。
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