5:田中英介

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5:田中英介

5 英介は、女遊びが激しい。 「いいの? 奥さんがいるんでしょ?」  ラブホテルのベッドの上で、裸の女性が英介の上にまたがりながら尋ねる。その口調は心配しているわけではなく、燃え上がるための口実だった。裸の英介はそれを理解しながら、頭の先から足の指の先まであらゆるところを撫でていた。 「いいのいいの。それはそれ、これはこれ。それに、そのほうが燃えるだろ?」 「ふふ、そうね。略奪愛って、燃えるわ。わたし、悪い女かしら」 「いいや、俺だって燃えるね。人の女を奪うなんて、最高だ」 「もう、そんなこと言って。どうせほかの女にも同じこと言っているんでしょ?」 「意地悪だな。そんな意地悪なやつにはお仕置きだ」  2人はそのまま興奮で燃え上がった。汗をかきながらサカる犬のように腰を振る。動物として見るのなら微笑ましいが、人間として見ると艶かしくてドン引きする光景だ。 英介はそういうドロドロの関係を複数持っていた。英雄色を好むというが、比較的優秀だと思われる英介には女性が群がる傾向にある。そして、英介は三大欲求の1つである色欲に貪欲かつ忠実だったのだ。 「いい加減にして! またほかの女と会ってたんだろ!」  英介の妻はヒステリックに叫んだ。本やカバンが宙に飛んでた。なかなか英介に当たらないそれらが床や壁に鈍い音を奏でていた。 「ただの職場の付き合いだよ。ほら、人数合わせってやつ」 「いっつもそんなこと言う。そんなんで騙せると思うな!」 「ホントだって。それに、どの女もお前に比べたらたいしたことない」 「そんなこと言っても、嬉しくない。バカじゃないの」 「バカだよ。今だに結婚したお前が一番好きだからな」  そう言うと英介は妻を胸に抱いてあやした。妻は胸に身をゆだねて、そのまま唇を交わした。涙ながら体を求め、英介の体にむしゃぶりつくのである。  英介はその妻を優しく迎えながら互いに産まれた時の姿に導く。ベッドの上で全てを忘れようと激しく行為に及ぶ妻を、荒ぶる剣を収める鞘のように収めていた。それは本来は優しい女性が荒ぶる男性にするようなイメージのものだが、実際には逆も多々ある。  夜の営みの疲れにより事切れた妻が子供のように寝ている横で、英介は子供を寝かしつけた親のように微笑んだ。結婚するほどだから妻を愛しているし、未だに付き合い始めた時のように可愛いとぞっこんしていた。美人には3日で飽きるというが、1年以上飽きることなく暮らしているのは心底惚れている証拠だ。  しかし、妻と妻以外は別腹である。 英介は既婚者だが、不倫したり後輩をダシにして女遊びする。それが英介の日常であり色情であり劇場であった。そのことに関して多々言われることはあるが、女性がデザートを我慢できないように、英介も別の女性を我慢できない。 「嫌よ。この子はおろさないわ。1人で育てる」  また別の女性。英介が不倫している女性のうちの1人。子供が出来たことを告白すると、英介からは子を堕すことを説得されたのだ。 「お前の都合なんか聞いていない。さっさとおろせ!」 「お前ってなによ。前まで優しくしてくれたのに。子供が出来たらもう用無し!?」 「当たり前だろ! そんな甲斐性なんかないぞ。初めから遊びなのは、合意の上だろ」 「そんな、そんな……燃えるわね、こういう展開」 「さすが俺が見込んだ女。とんだドМだぜ」  女性の腹や顔を殴打する激しく喧嘩したあとは、激しく夜の営みをした。女性はそれに喜びを見出して、もう普通の感性に戻ることができない。後には引けないスリルを楽しむことも彼と彼女にとっては生きる上には互いに必要なことに調教されていた。 子供ができても責任持たない、堕させる、殴るなど、ひどい男だ。しかし、それが許される環境に女性を洗脳・調教しているので問題は表面化されない。それは英介にとって幸せであり、女性にとっても幸せということになっている。 英介にとって女性の扱いは身近に置いている道具のように簡単なものだった。それでも上手く女性を扱ってきたのは、英介に女性を扱う才能があったからだ。これからも才能をフルに発揮して女性を雑に扱っていこうと舌なめずりする。 合コンもそう。英介にとって女遊びをするために大輔と風太を利用するだけ。今後遊ぶ女性を品定めするだけだ。 あまたの女性を見てきた英介は一瞬で気づく。 栄子は普通・美衣はぶりっこ・椎菜は清楚ビッチ。 英介にとってはどれも経験あるタイプだったので、誰でも良かった。普通の栄子は一番無難で自分色に染めやすい楽しみがあり、ぶりっこの美衣はおだてといたら勝手に股を開くお手軽さがあり、清楚ビッチの椎菜は自分と同じタイプなので後腐れがなく話が合うという評価だ。周りに合わせて虎視眈々と狙うのみだ。 「佐藤先生の目、可愛い一重でしょ? 私なんて目が無駄に大きくて嫌よー」 「そんなことないですよ。鈴木先生も可愛い二重ですよ」 「鈴木先生って、スラっとしてスタイルがいいのよ。私なんか、無駄に胸が大きくて嫌になっちゃう」 「いやー、胸が大きい人もいいですよ」 「わたしー、2人と違って男性に頼らないとダメなのー」 「そういう女性もいいと思いますよ」  英介は美衣のぶりっこに合わせてあげた。内心ではどの女性を狙おうかと思考を巡らせている。場合によっては3人とも……と思っている。  ゲスの表情を我慢しながら好青年を演じている。ついでに美衣に合わせることも我慢していた。あいの手なんか面倒くさいが、相手を手中に落とすためには仕方がない。 「ちょっとお花摘んできますー」 「引き立て役大変ですね」 「ぶりっこ、というものですか?」 「申し訳ないですけど、そういう人は苦手です」 美衣のことを先に指摘した。そうすることで、栄子と椎菜に好印象を与える作戦だ。清楚ビッチには通用しないかもしれないが、普通の人には効果抜群だと英介は見立てている。 遊ぶなら栄子と椎菜ではどちらでもよかった。さてどうしようか、と目を光らせていた。今のところは栄子のほうがちょろそうだから狙おうとした。 が、大輔が栄子に見とれていたので、椎菜にしようとした。まぁどうしても栄子が欲しいと思ったら後から略奪すればいいか、とも思った。または別れて弱ったところを狙うか……どちらにしてもゲスの思考。 美衣でもよかったが、ガキ過ぎて興味が薄い。おだてることが面倒かつ後々面倒くさくなりそうな女性はあらかじめ敬遠するのも1つの手だ。英介にも多少の好みがあった。  後に大輔が栄子と本格的に付き合うことになると聞いて、英介は本格的に椎菜と付き合うことにした。それはすごくスムーズに進んだ。英介が予想したように椎菜は経験豊富だったので、気兼ねなくいろいろな体位も誘えた。 「椎菜さんには騙されましたよ。まさか、こんなにビッチだったなんて」  ベッドの上で英介は息が上がっていた。その横では椎菜が息一つあげずに乱れた髪を直していた。英介にとって自分よりベッドの上で強い女性なんて初めてだった。 「嘘つきなさい。初めからわかっていたような目で見てきたくせに。それに清楚ビッチじゃないとは一言も言っていないわ」 「これは参ったな。まさか俺のことに気づいていたなんて」 「英介さんは一目見た時からほかの人と違うと気づいたわ。同じ匂いを感じる、ってやつかしら? 英介さんから見ての僕と同じです」 「でも、俺と違って異性関係で問題を起こさないなんてすごいですよ。俺は結構やばいよ」 「そうかしら? 周りの方々に恵まれているだけよ」 椎菜が英介の予想以上にやばい人だった。英介ですら少ないながらも周りを見て問題が起こらないように調整してきた。しかし、椎菜は周りを見ることも調整することも何もなかったと言う。 英介が思うに、これは椎菜が神に愛された存在だからではないのか? 何をしても椎菜の思い通りに事が進む、いわゆる神の子ではないのか? 椎菜に逆らったら神の天罰が下るのではないか?……そんなわけないか。 「てめぇ、椎菜さんに迷惑かけたらどうなるかわかっているだろうな!」 「てめぇ1人のものじゃねぇんだぞ! その辺を肝に銘じて行動せんかい!」 「今日はこれくらいで勘弁したるが、次に変な言動したら許さんぞ!」 英介は椎菜のファンクラブにフルボッコにされた。変な言動といっても、人気がないところで「あの女もちょろいもんだな」と小さく呟いただけだ。それで一瞬に10人ほどに囲まれてリンチされたのだから、困ったものだ。 英介は逃げようとした。 が、逃げられない。 「てめぇ、椎菜さんから逃げるんじゃねぇぞ」 「てめぇが逃げたら、家族がどうなっても知らんぞ」 「てめぇが椎菜さんから逃げられるのは、椎菜さんに振られたときか死んだときだけだ」 英介は逃げられない。老若男女に囲まれて逃げ道を封鎖された。髪の毛のつむじはむしり取られ、奥歯は抜かれ、右手の爪はすべてはがされた。 そのまま路地裏に捨てられた。顔面を犬に尿をかけられて目を覚ました。そのまま茫然自失に空のどんでん模様を眺めた。 どこかに逃げようと思った。こういう時に思い浮かぶのは妻の顔だった。愛する妻。 しかし、妻のところに逃げられない。女性関係で激高させたのに、こんな女性関係でボロボロになったところを見せられない。英介にも男の意地があった。 が、それでも恥を忍んで妻の所に戻った。意を決して土下座しながら妻に本当の事を言う。殴られる覚悟は出来ていた。 しかし、怒られることはなかった。優しく頭を撫でられた。英介は見上げると菩薩のように微笑んでいる妻を見て、助かったと思って顔が明るくなって涙が出た。 「あなた、椎菜さんに迷惑かけたらダメでしょ?」  英介は笑顔がこわばった。徐々に不安の血が脈の中を大きく波打ってきた。その血の疼きに揺られながら体が震える。 「どうしてそっちの肩を持つんだ?」 「別に肩なんか持っていない。あなたが悪いと思っただけ」 「お前、まさか脅されているのか? それなら警察に行くぞ」 「脅されていないわよ」  写真が床に落ちる。妻と椎名がベッドで裸になっていた。英介は困り困った。 「これは何だ?」 「なんでもいいでしょ?」 「お前、もしかして?」  英介は大方の予想はついていた。自分が今までしてきたことと照らし合わせたら簡単なことだった。それでも妻の沈黙は怖かった。 「……いいでしょ。あなたのやっていることじゃない」 「俺は男と女の関係だからいいんだ。お前は女同士でなにしているんだ?」 「女同士でもいいでしょ! 未だにそんなこと言うなんて、偏見ね」 妻は椎菜の百合営業の餌食になっていた。毒を食らわば皿まで、英介を食らわば妻まで、そういうことだった。英介は家から飛び出した。 家族、父親と母親のところに里帰り。 「オトン、オカン、助けてくれ」 「それは、無理だ。お前が悪い」 「そうよ。身から出たサビよ。自分で何とかしなさい」  当然の反応だった。自分の息子がめちゃくちゃしたことも知らされたのだから叱るのは親として必要最低限のことだった。それでも最後には子供のために行動するのが親の常だと期待して額を床に擦り付ける英介だった。 「2人とも、どうして子供の味方をしてくれないんだ?」 「それは……あれだ、椎菜さんはいい人だからだ」 「ちょっと、あなた!」  見上げた英介の顔には表情がなかった。絶望の表情をすることもできなかった。最悪のできごとが頭の中にピンと来たのだ。 「……どうして椎菜さんがいい人かどうかわかるんだ?」 「いや、それは」 「あーあ」  父親は誤魔化すのが下手で、母親は呆れていた。英介は生きた心地がしなかった。全てを失ったことに気づいたのだ。 「まさか、2人とも椎菜さんと……」 「……ははっ」 「まぁ、たまにはね」 「バカ野郎! この子にしてこの親ありか!」  英介は自分のことを棚に上げずに親を罵倒した。両親も椎菜と関係を持ってしまったらしい。震える力も残っていない。 他も、親戚も親友にも連絡したが、椎菜にたらし込まれた後だった。椎名に捨てられようが捨てられまいが、頼る相手がいない英介は破滅への道を進むだけだった。英介にとって椎菜は、神の子ではなく、悪をもって巨悪を挫く魔王の子のように見えた。
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