ONE LIFE

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目が覚めると世界が終わっていた。 あたりは一面の廃墟。荒涼としたその景色に人の姿は無い。 瓦礫の中にあるベッドで僕はゆっくりと体を起こす。 この建物のそこかしこも、無秩序に伸びた名もなき草で覆われている。 ベッドの正面に鏡が落ちていた。 地面に落ちて上半分が割れてしまっているその汚れた鏡で自分を見る。 ひどく薄汚れ、やつれているように見えた。 僕はベッドから立ち上がり、あてもなく歩き出す。 ひどくぶかぶかの靴で、瓦礫を越え、時にはくぐり抜け、ただただ歩く。 雨が降る。僕は崩れかけた建物の軒下で雨をしのぐ。 雨に濡れる青い花をぼんやりと見つめていると、そばに立つ案山子が声をかけてきた。 「やあ、目が覚めたかい?」 世界が終わってしまったと僕が伝えると、彼はなにも変わっていないように見えると答えた。 そんなことはない。こんなに何もかも無くなっているじゃないか。 彼は言う。いや、何も変わっていない。 案山子にとって世界とは、風が吹き、雨が降り、時には晴れる、ただそれだけのことだ。 そんなものは世界じゃない。僕は反論する。 では、君にとっての世界って何だい?案山子が僕に問いかける。 僕にとっての世界。 それは、誰かの存在。 僕には、誰か、大切な人がいたような気がする。 その人はどこにいるのだろう。まだこの世界にいるのだろうか。 「それなら探しに行けばいい」 案山子が言う。 君にはその両足があるじゃないか。 僕はもうここから一歩も動けないけど、君には歩いていくための足がある。 僕は俯いて雨の音を聞きながら、その言葉について考えていた。 ふと目をあげると、目の前の濡れた路上を一匹の蝸牛が進んでいく。 とてもゆっくりと、だけど確実に、強い意志を持って進んでいく。 どこに向かうのだろうか。彼も誰かを探しているのだろうか。 いつのまにか雨はやんでいた。 僕は立ち上がり、再び一歩を踏み出す。 案山子にお礼を言おうとして振り向くと、もう彼はモノ言わぬ物体となっていた。それでも彼にありがとう、と言ってから、僕は歩き出す。 僕の後ろに足跡が続く。 少なくとも、ここまで歩いてきた僕の足跡は、 この後も世界に残り続けるだろう。 だから、立ち止まらず、小さくても一歩一歩、歩いて行こうと思う。 その場を歩み去る僕の後ろで、一輪の青い芥子の花が揺れていた。
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