01「配信者たち」

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 それに気づいてから、彼の配信への姿勢の変化は極めて著しいものだった。まず彼は、適当に雑談配信をするのを辞めた。その日、どんな配信をするのか予めリスナーに知らせてしておくことで、リスナーや非リスナーから興味を惹くことから始めた。次に、配信内容にメリハリをつけて、「何の配信をしているか」を明確にリスナーに伝えられるようにした。そうすることで、彼の配信を観に来た全員は、その配信が自分に合っているかを見極め、次に、配信の内容が面白いかを判断するようになる。要するに、配信内容を理解するまでのプロセスの最適化を図ったのだ。    そして、セオの努力は続いた。幸い、彼は頭の回転だけはとても良く、勉強は苦手なタイプであったが、自分の好きな事にはとことん集中できる人間であったため、自分の配信の改善点を挙げることは容易かった。  すると、リスナーのタイプは必然的に二種類に別れる。  セオの配信を面白いと思う者。  セオの配信をつまらないと思う者。  まずは、その二極化を行うことが大切だったのだ。彼の配信をつまらないと思った者は、きっとこの先、放っておいても他の配信者の配信へ行ってしまうだろうから、この際あまり意識しないでいい。一番重要視しなければならなかったのは、セオの配信を少しでも気に入ってくれたリスナーを、自分の配信に夢中にさせることだった。そうすることで、そのリスナーはセオの“ファン”になる。ファンが増えれば、毎度の配信を観に来てくれる固定人数が必然的に増えるのだ。  配信をする上で、一番大切なのは、いつか観てくれるかもしれない非リスナーを大切にすることではなく、今見てくれているリスナーを大切にすることである。  彼は、今になって、昔の自分にもっと早くそう言ってやりたくて仕方がない気持ちでいっぱいだった。  配信の視聴者数に変化が出始めたのは、彼が配信方針の改革を行ってから一か月近く経った頃だった。初めは多くても十人ほどだった配信の視聴者数が、気づけば二十人、三十人、四十人と、少しずつ増え始めたのである。一度は離れて行ってしまったリスナーも、彼の配信方針が変わってきたことにより、再び彼の配信に興味を持ち始めたり、新規のリスナーが、彼の配信に定着しやすくなってきていたのが主な要因だった。チャットで流れてくるコメントは全て読むようにして、リスナーとの会話を大切にするように心がけた。少しでも、リスナーとの心の距離を近づけることが目的だった。  そこで彼は、配信というものが「視聴者」と「配信者」が二組セットで初めて成立することに気がついた。  たった一人でも視聴者がいる限り、それは継続される。  不思議と、彼に疲弊の色はなかった。  配信者として努力をすればするほど視聴者が増えていくのが楽しくて、疲れなんて吹き飛んでしまっていたのか、忙しくて疲れなんて感じる暇もなかったのか。もしくはその両方か。  彼が、「配信を辞めてしまいたい」と思うことは、一度たりともなかったのである。  そうして、彼はひたむきに配信を続けた。時にはまた視聴者数が増えなくなった時期もあったけれど、彼はその度に、改善点を見つけ、自分の配信を少しでも面白くしようと努力を続けた。  結果として、今の彼の部屋の壁には一枚の表彰状が飾ってあった。やけに豪勢に装飾されているその表彰状には、確かに「配信者・セオ」の名前が記入されており、そこに綴られている文は、すべて彼を褒めたたえるものだった。  それこそが、彼がとあるライブ配信プラットフォームで日本の年間最高視聴率を樹立した際に貰ったものである。  これからの日本のインターネット社会を築いていく一人の若者として、セオの偉業は、セオを知らない者の間にもテレビやインターネットニュースなどで話題になった。  けれど、配信者・セオは依然として止まる気配はなかった。突き進むというよりは、常に歩き続けているという表現の方が正確かもしれない。そんな生き様だった。視聴者が一つも増えないような苦悩の底辺時代を味わった彼だからこそ、今沢山の人が自分の配信を待ちわびて、楽しみにしてくれているという事実は、幸せ以外の何物でもなかった。  だから、彼は今日も喋り続ける。 「みんなもう少しで年越しだね。そば食った?」  今日は、十二月三十一日。大晦日である。それでも彼の配信には、しっかりと約六〇〇〇人ほどの人が集まっていた。 「僕?僕はねー、今お湯沸かしてるところ。そうだよ、今からカップ麺食うんだよ」  配信のチャット欄では「いやそば食えよ」だとか「来年の抱負は」だとか、様々な言葉が流れている。セオはとめどなく流れてくるコメントに全て目を通している。そして、数十秒間に一回、適当に選んだコメントに返答する。セオのリスナーとの配信中のレスポンス頻度は、かなり高いものであり、そのおかげでリスナーは気兼ねなく配信にコメントすることができる。それが、セオの配信が現在でも人気を保ち続けている要因の一つでもある。 「いいんだよ。そばもラーメンも、麺だから。変わんないよ」  セオは、そうやっていつもリスナーと冗談交じりの会話をする。ここまでは、まだオープニングトークになる。リスナーのコメントにレスポンスをして、他愛無い会話を繰り広げる。彼の配信は、いつだって、このフリートークから始まるのだ。そして、企画を用意している場合は、そこから企画を展開していき、大体いつも小一時間ほど経てば、またフリートークで配信を締める。配信を一番いい形へ持っていく過程で、最終的に落ち着いたのが、この極めてシンプルな構成だったのだ。 「それじゃあ、今日も配信やって行きますか~」  セオは、そうやって大晦日配信のオープニング部分のフリートークを終えた。        
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